今日は十六夜。
十六夜は「いざよい」と読みます。
阿仏尼の「十六夜日記」にその名が残ります。
昨日とほぼ同時刻の同位置からの月。
昨日はこんな感じ。
明らかに上の写真の月(今日の夜)の方が、下の写真(昨日の夜)より、位置が低いですね。
だんだん月の出の時刻が遅くなり、それぞれに呼び名がついています。
🌕たちまち(立待月)
立っていても月の出まで待てる。
🌕いまち(居待月)
立って待つのは辛い。
家の中で座って待つ。
🌕ねまち(寝待月)・ふしまち(臥待月)
いよいよ月の出の時刻が遅くなり、寝て待たなくてはいけない。
🌕ありあけ(有明の月)・残月
夜が明けても出ている月。
「残月」は確か中島敦の「山月記」に出てきた言葉ですね。
「有明の月」は
朝ぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に 降れる白雪
坂上是則(さかのうえのこれのり。坂上田村麻呂の子孫といわれている。)の作品です。
そういえば「竹取物語」では、満月の夜にかぐや姫が月へと帰っていきますよね。
このように、日本人は月にいろんな想いを馳せていたことが分かります。
たまには夜空を見上げて、忙しさを忘れるのもいいものです。
まもなく月旅行が実現するとかしないとか。
月を歌に詠んだり、小説を書いた人たちが、月旅行に行けると知ったらどういう反応をするでしょうか…。
科学技術の進歩により失われるものもある…なんて感傷的な気分になるのは、季節が晩秋だからでしょうか。