一気に距離を詰めてきた相手は、力任せで木剣を振り回す。剣道みたいな体系化された技法は無いみたいだ。だが防具に包まれた剣道と実践は違う体系だ。打たれる前に打つ剣道とは違い、木刀や真剣は相打ちの可能性がある。俺は中段で距離をとりながら、カウンターで突きや薙ぎを次々に入れていく。
三分もしないうちに、エドラーは痣だらけになり、それからも少し粘ったものの、彼はすぐに降参した。
一歩アリシアに近づいたことと、俺の剣道が中世でも通じたことに安堵した。試合は滞ることなく続き、俺は準決勝まで勝ちあがる。闘技場に上がる際、試合を終えたばかりの一人の男に呼び止められた。
『お前、何者だ?』順当に行けば、おそらく決勝でぶつかる事になるだろう、確かキースという男だった。ほぼ無傷で勝ち上がってきたその男に問われた。
『俺は……、単なる旅人です』顔は向けたものの、キースの目を見ずに答えた。
『旅人ね……。動きを見ていると、とてもそんなふうには見えないけどな』
そう言って小さな笑みを口の端に見せ、彼は踵を返して奥へと戻って行った。
『キースとトウシロウ、中央へ』
ひときわ大きな歓声が上がる。いよいよ決勝戦が始まった。
身長は頭一個分、彼が高い。若干不利だが、技術でカバー出来るはずだ。彼は身長差とリーチをいかした攻撃をしてくるが、俺はきっちり間合いをとっている為、すべての攻撃を弾いていた。キースの攻撃は重いので、いなすように斜に木剣を構える。彼の剣は、まともに受けると手に痺れが走る。横薙ぎは飛び退り、隙を見ては懐の深い彼の間合いに飛び込み、胴を打つ。そしてすぐに彼の間合いから脱却した。ヒット&アゥエイで少しずつ相手にダメージをあたえていく。五分程経っただろうか、胴への一撃で彼は膝を付いた。その瞬間を見逃さず頭の横っ面に薙ぎを叩き込み、彼は倒れた。手ごたえありだ。おそらく脳震盪を起こしているだろう。
それを審判が確認すると、俺の手を握って高々と上げた。
『それまで。勝者、トウシロウ!!』
観戦席から今までに無い大きな歓声が上がった。
長年やってきた剣道も無駄じゃなかったんだ。俺は兜と胸当てを脱ぎ捨てた。そして観客席にアリシアを探すが、そこには彼女の姿が無かった。辺りを見回すと、息を切らしながら、アリシアが慌てて闘技場へと降りてきた。
『アリシア、勝ったよ!』
アリシアは嗚咽を漏らしながら俺に抱き付いてきた。
『どこにも怪我は無い? トウシロウがこんなに強かったなんて何で言ってくれなかったの!? 私、最初からトウシロウに言えば良かった』
『ありがとうアリシア。僕のほうからも言いたいことがあったんだ。俺もアリシアの事が好きだよ。初めて会った時から』
観衆が注目している中での告白に、アリシアは紅葉を散らしたように真っ赤になった。
『本当?』
『うん』短く返事して、俺はアリシアを抱きしめた。アリシアの肩越しに二階のアルヴィン財務卿とセシル政務卿の笑顔が見えた。
『くそっ、ガキが調子に乗りやがって』昏倒していたキースが木剣を杖に、よろけながら立ち上がった。そして兜を脱いで頭を振り、大声で叫んだ。『野郎ども、予定変更だ! 力づくで制圧せよ!』
すると参加していた、ほとんどの闘士が自前の真剣を取り出し、それを上へ掲げた。数瞬遅れて、参加者のほとんどが盗賊の一団だったことに気が付いた。
『まずい、アリシア、ここは一旦逃げるんだ! いつもの泉の前で待っていてくれ』
『そんな! 街の皆を置いて一人だけ……』
『いいから早く!!』
闘技場に駆け付けた二人の近衛兵にアリシアを押しやり、俺の剣幕に押されながら、彼女は闘技場から離れた。
その間にキースは部下から真剣を受け取り構えた。
『いくら技術があろうとも、真剣に木剣では勝ち目はないぞ。俺達がこの領土と城をいただくから、安心してあの世に行くといい』キースを首魁とした盗賊によって、城下街は騒乱の坩堝と化していた。