俺は日付を入力して外に出た。カードキーを抜き取り、胸ポケットに入れ一条の小道を下る。ちらちらと城が見え始めた道を、さらに五分ほど走り、城下町へと入っていく。門兵には顔を覚えてもらっていたので、軽く会釈しながら門をくぐった。

 宿屋、工房が軒を連ねる場所に出てきた。俺は途中、工房を覗き込み、樽を作っているエドを訪ねる。エドは顔を上げ、俺が話しかける前に話しかけてきた。

『おお、この前の旅人じゃないか!』

 エドは俺のことを覚えていたようだ。

『ちょっと聞きたいことがあるんですが……』

『なんだい。姫様には聞けない話か? 俺でよければ相談に乗るぜ!』

 ニカッと白い歯を見せ、エドは俺の肩を叩いた。相変わらず手の汚れが俺の服を汚す。

『その姫様はどうなっているのか、ご存知ですか?』

 エドは急に真剣な面持ちになり、俺の顔を見た。

『お前さん、アリシア様を娶りにきたのかい』

『え!? あ……。はい、まあ……』

 娶る、までは考えてないけれど、なんで知っているんだろう。

『今日の12時からお城の闘技場で武闘会がある。その優勝者がアリシア様の婿になれるのさ。この城は凋落しかけていてね、周辺貴族も戦争で財力は落ちて大した者がいなくてさ……、ついに貴族出身ではないヤツを婿に据えるらしい。出来れば姫様も好きな人と結婚したいだろうけど、賢人会の決定じゃあ、今の姫様も拒否出来ないだろうな』

 俺は小さく安堵の溜息をついた。それならばまだ可能性はある。剣道の感覚もさほど落ちていないはずだ。

『どこでその受付をしているのですか?』

『お前さんが武闘会に出るのかい?』と、俺が背負う竹刀袋を見てエドは続ける。『城門で受付やっているぞ。もうそろそろ締め切られるから、出場するなら早く行ったほうがいい』

『ありがとうございます!』俺はエドにお礼を言って、城の正門へと急いだ。

 白の漆喰の照り返しが強い目抜き通りを走って、城の正門へ着いた。城門は混んでいたものの、受付はギリギリ間に合った。他の対戦者は、中肉中背の俺と同じぐらいの体格の騎士が、大部分を占めていた。狭い待合室に、おそらく30人は集まっている。それが城の闘技場の東西にあるから、おそらく総勢60人は下らないだろう。異様な他の闘士の体臭と、活気に溢れる人ごみに塗れながら、窓から闘技場を眺める。当然というか剣道の試合場より広く、下地は砂で摺り足が難しそうだった。そしてそのまま観戦席を見ると、中央に華やかなドレスを纏ったアリシアがいた。だが彼女は、うつむいていて、ドレスとは対照的にどこか物寂しそうな雰囲気が滲んでいた。俺は手を振ってみたが、彼女は気付かない。

 得物は全員公平に竹刀ぐらいの長さの木剣を持たされ、武器によるハンデは無かった。防具は兜と胸当てだけで両方とも持っていない俺は、特別に貸し出された。かなり汗臭い。丁度装備した頃、審判らしき人物が闘技場中央に現れ、アリシアに向って一礼したあと、大声で開会の言葉を述べる。その後すぐに俺の名前が呼ばれた。

『エドラーとトウシロウ、中央へ!』

 俺の名前が呼ばれた瞬間、アリシアが顔を上げ立ち上がった。目を見開いて俺を見ている。そのアリシアに俺は軽く手を振った。今まで翳を落としていた彼女の顔に、みるみる色がついた。

『トウシロウ、気をつけて!!』

 彼女の声援に他の武道家はおろか、観客も驚いている。アリシアもアリシアで、立ち上がって、さっきとは別人のように応援してくれている。俺は再び集中し、相手のエドラーを見た。顔は兜に覆われ分からなかったものの、筋骨隆々な体は傷痕に塗れ、相当な経験を積んでいることが分かる。

 審判の合図で試合が始まった。