いよいよ、3月13日のJRグループダイヤ改正が数日前に迫ってきました。北海道では一挙に18もの『ご利用の少ない駅』が廃止される事になっています。

特に、ダイヤ改正に伴う駅廃止が発表されると、なくなる前に訪問して一目見ておこうという鉄道ファンが増え、むしろ道内からより圧倒的に道外からの訪問者が多いようであります。まぁ、首都圏や京阪神は特にファンの数が多いから、当然といえば当然なのですが。

私はいわゆる『駅テツ』ではないため、日本中の全線全駅に下車乗車するつもりは毛頭ありませんが、廃止になってしまう駅に関してはその姿を写真に残しておきたくて、昨夏には宗谷本線北部の廃止予定駅(徳満を除く)をクルマで廻ったりした事がありました(その分沢山乗り鉄しているので御赦しを!!)。

 

その他、宗谷本線の南部(南比布など5駅)と徳満、函館本線の伊納、石北本線の北日ノ出など4駅、釧網本線の南斜里に関しては改めて現地を訪問しようと思っていましたが、どうせ行くのなら実際に駅を利用する形で訪問しよう!と一念発起し、数回に分けて駅テツを絡めた乗り鉄旅に出掛ける事にしたのです。

 

以前のブログ「相変わらず新型コロナウイルスの感染拡大が収まらない状況なのでファンの皆様には自重して頂きたい処ですが」と述べておきながら、私本人が乗り鉄に出掛けるという行為については「お前こそ自重しろやクソが🤬!!」とツッコミされてしまいそうですが、出掛けるからには当然、極力密を避け、正しいマスク着用(勿論マスクを外して喋る事はしない)、手洗いの励行、除菌グッズ使用(アルコールスプレー等)、汚れた手で目や鼻などの粘膜を触らない、混み合う車内や店での食事を控える(マスクを外して飲み物を飲むときは息を止める)etc…といった基本的な感染予防対策を実施した上で行動しています。また、乗り鉄が多くなる青春18きっぷや北海道&東日本パス利用期間を避け(最後の1回のみ期間中に被りましたが)、極力一般客やJR社員の迷惑にならないように努めておりますので、どうかご理解頂きますようお願い申し上げます。

(その代わり、五能線キハ40系、185系踊り子、七尾線の415系&『最後の急行型電車』クハ455-700などの惜別乗車をしに道外に出るのを諦めています。道民の一人として、せめて道内だけでも思う存分乗り鉄させてください!!)

 

というワケで、1月23日~3月7日の間の休日を中心に数回、廃止予定駅巡りの乗り鉄に出掛けて参りました。初回は1月23日~24日の1泊2日で宗谷・石北本線の廃止予定駅を廻りましたが、本記事は第1回目として1月23日の行程を紹介します。

この日は朝はのんびり、9:20着の学園都市線1542Mで札幌駅に出向き、9:30発の2009M特急カムイ9号で旭川へ向かいます。車両は789系HL-1003編成で、今回はえきねっとトクだ値45利用のため指定席uシート4号車(モハ789-2003)に乗車しました。

 

 

 

カムイ9号は利用客低迷のためか、3月のダイヤ改正以降、土日祝日、お盆や年末年始などの期間のみに運転される臨時列車に格下げされてしまいます。指定席uシートの4号車は私を含めて札幌からの乗客はたった4名のみという少なさ…。

 

 

 

終着・旭川駅には10:55に到着。特急列車としては珍しく北口寄りの片面ホームである7番線に到着します。6番線に停車中の11:00発2020Mカムイ20号と並びます。

 

 

 

カムイ20号発車後、私が乗車したカムイ9号の車両は一旦旭川運転所へ回送され、14:30発の2028Mカムイ28号の運用に入るまでの間小休止します。つまりカムイ28号も9号と同様に臨時列車化される運命にあります。

 

 

 

改札口を抜け、私はみどりの窓口に隣接するツインクルプラザに出向き、旭川からの乗車券となる『道北一日散歩きっぷ』と、ダイヤ改正で廃止となる駅の関連乗車券を購入しました。

 

 

 

なぜ、きっぷをわざわざツインクルプラザで購入したかというと、JR北海道の旅行業縮小に伴って2月中に全店閉店してしまうからであって、発行場所がソレとわかる券面が欲しかったからであります(きっぷの画像は後程紹介)。

JR初期の頃はあれだけ力を入れていた旅行業でしたが、ネット予約の普及や個人旅行の台頭、さらにはコロナ禍による旅行自粛も相俟って、JR北海道における駅の旅行センターの歴史に幕を下ろす事となりました。私の他には全然客が来る気配はなく、窓口の女性係も手持ち無沙汰…。

鉄道会社が旅行業を運営するという強みを生かして、愛好家向けのボッタクリツアーを開催するなど生きる道はあったかとは思うのですが、残念ながら鉄道趣味に対して理解ある人間が会社の上層部にいない以上どうしようもありませんからね…。

JTBはじめ他の大手旅行代理店も実店舗閉店を進めており、コレも時代の流れなのでしょうか。

 

 

 

きっぷを購入後、再び改札口をくぐります。

まず乗車するのは名寄行3321D快速なよろ1号で、この前に名寄へ直通する普通列車は7:51発の323Dしかなく、札幌からの旭川行特急初便であるライラック1号の到着が8:00なので接続もしないのです。この点はダイヤ改正後も改善されず、通学時間帯の列車なので難しい一面もありますが…。

 

 

 

なよろ1号はキハ40 1716単行による運用。

電気式気動車H100形導入にあたって、石北本線直通列車を除く宗谷本線の普通列車から長らく活躍してきたキハ40が完全撤退する事もあり、まずは『惜別乗車』として名寄まで行く事にしました。

 

 

 

9:00発の特急宗谷以来、2時間半振りに名寄へ向かう列車なのですが、思った程乗客は多くなく、各BOX席は1~2名が座っている程度。

 

 

 

コロナウイルス感染予防対策に有効なのは室内の換気ですが、残念ながら各ベンチレーターは『』のまま…。かつては冬場、時折開けたり閉めたりを車掌がマメに実施していたものでしたが、ワンマン運転化後はそのようなワケにはいかず、冬場は結局閉じたままにしておくしかないようです。空調設備が整っている車両では定期的に換気を実施しているのに…。

 

 

 

ツインクルプラザで購入したきっぷ類。

発行箇所は旭川支店と書かれています。今回記念購入した乗車券は石北本線の北日ノ出→将軍山で、両駅とも廃止対象駅です。

道北一日散歩きっぷは、この日の行程ではあまりメリットがありませんが、それでも実際に列車に乗車する区間の普通乗車券で乗るよりは安いです。

 

 

 

旭川駅を発車、市街地を抜けて旭川四条~新旭川で牛朱別(うしゅべつ)川を渡ります。

この日の道北方面は概ね晴天に恵まれたのですが、残念ながら彼方に見えるハズの大雪山系は雲で隠れて見る事ができませんでした。

 

 

 

北旭川駅に隣接する旭川運転所の横を通過。

富良野・美瑛ノロッコ号専用機のDE15 1535も、冬場は除雪作業に駆り出されます。

 

 

 

一時期シートが外されたSLニセコ号用の旧型客車は再びグレーのシートで覆われていました。手前の青いシートに覆われているのは富良野・美瑛ノロッコ号用の客車。それらの間に挟まれたH100は今か今かと出番を待っているかのようです。

 

 

 

やがて列車は、雪の塩狩峠越えに入ります。

 

 

 

そして塩狩駅。交換列車の324Dはキハ40 1737+830の2連による運用。

敢えて車内の二重窓が写るアングルで撮影しましたが、このようなキハ40同士の顔合わせも見られなくなってしまうのです…。

 

 

 

和寒駅を出て、次の東六線駅は通過。

この日の行程で訪問する事になっていますが、詳細は後程。

 

 

 

次の剣淵駅は、両隣が廃止対象駅。

 

 

 

士別を出て、天塩川を渡ります。

この辺りは少し曇り空ではありましたが、雪は降っていません。

 

 

 

終着駅が近づいてきました。

旧名寄本線の廃線跡に保存されているキマロキ編成は、現役時代とは裏腹にブルーシートにくるまれて冬眠中…。

 

 

 

12:52、終着の名寄駅1番線に到着。

なよろ1号は停車駅の少ないタイプながらも、キハ40使用のため表定速度は約56㎞/h程度にとどまっていますが(それでも、キハ56系使用だったかつての急行なよろと同様の所要時間)、H100導入後は一挙に13分も所要時間が短縮され、表定速度は約66㎞/hと大幅なスピードアップが図られます。

 

 

 

エンジ色の屋根が真っ白に雪化粧した名寄駅舎。

左側に写っている名士バスは旧名寄本線の代替バスでしょうか。

 

 

 

キハ40の惜別乗車として名寄まで来ましたが、なよろ1号の折返し運用となる13:25の3324D快速なよろ6号で士別まで戻ります。

 

 

 

なよろ6号は13:45に士別駅1番線に到着。

2番線に停車中のキハ40 729の325Dと交換します。

 

 

 

士別駅も両隣が廃止対象駅…。

 

 

 

なぜ士別駅に降り立ったかというと、廃止対象駅である東六線駅の近くまで路線バスで移動するからであって、停車列車の本数が少なすぎて列車を乗り降りしての訪問は困難を極めるからです。

路線バスを利用する事に対しての罪滅ぼしも兼ねて、コチラでも廃止対象駅関連の乗車券をみどりの窓口で購入します(きっぷの画像は後程紹介)。運賃表にも廃止対象の駅名が…。

 

 

 

バスの時間(14:10)まで少し余裕があるので、宗谷本線ではここだけとなってしまった駅そばを昼食として頂く事にしました。

士別駅には元々駅そば自体は存在していませんでしたが、キヨスク撤退後に出店した売店の店主が駅そば屋を新たに開業しているのです。

 

 

 

今回頂いたのはお揚げをトッピングしたきつねそば(¥350)。本当はカレー味に挑戦したかったのですが、ハネた汁で服を汚すのを恐れて断念…。

お味は至って平均的ではありますが、このように地方の駅で駅そばを味わえるのはとても有難い事であります。

 

 

 

駅舎内では、JR社員が少年時代に撮り鉄した写真が展示されていました。

今では見る事のできない懐かしの列車も数多く、宗谷本線に入線したフラノエクスプレスなどのジョイフルトレインや、特急格上げ前の急行列車、そしてキハ40 724の『キタキツネ』ペインティング列車も…。

 

 

 

士別駅を後にして、次に乗る道北バスの停留所に向かいます。

 

 

 

道北バス『名寄線』の停留所は、士別軌道バスが発着する駅の目の前ではなく、駅前通りを少し歩いた場所にあります。停留所標識は除雪車が積み上げた雪でかなり埋まっています…。

 

 

 

旭川~名寄を結ぶ道北バス名寄線・旭川行のバスが到着しました。

車両は日産ディーゼル(現・UDトラックス)の1999年製(初年度登録は2000年)KC-UA460NAN・富士重工7Eボディ架装で、両社ともバス製造部門から撤退してしまったため、いずれ貴重品の部類に入る車両でしょうか…。

1990年代から中古車導入が多い道北バスですが、この車両は珍しく新車で購入した個体で、その後の交通バリアフリー法導入に伴い、2ステップ車としても末期の部類に入ります。

 

 

 

なんと、名寄から来たバスは私ともう一人、和寒へ行くという老婦人が乗るまでは乗客ゼロで走らせておりました…。このような状況にも関わらず、旭川~名寄に比較的多くの本数を走らせている事に驚きです。

 

 

 

道北バス名寄線は国道40号線をストレートに結ぶワケではなく、途中道道などを通って、国道から離れた剣淵町の市街地を経由します。

剣淵バス停付近ですれ違った名寄行のバスは、元・神奈川中央交通の三菱ふそうエアロスター。正面前扉側のセーフティウインドウがない事から、その出自が判明できます。

 

 

 

バスは国道40号に入り、14:34(時刻表通りの場合)、東六線駅の最寄り、国道40号線上にある東6線(コチラはアラビア数字表記)停留所に停まります。

 

 

 

雪がチラつく東6線停留所で、私は和寒へ行く老婦人とドライバーに一礼して降車します。

乗客がたった1人となったバスは、旭川へ向けて走り去っていきました。

 

 

 

停留所付近にある東6線交差点。この交差する道の先に、今回訪問する東六線駅があります。この日の廃止予定駅訪問は同駅のみです。

 

 

 

東6線と呼ばれる道。彼方に鉄道防雪林が見えますが、その付近に東六線駅があります。

 

 

 

小雪が舞う中歩く事6~7分、ようやく東六線駅に到着します。

『東六線乗降場』の看板が、何ともレトロチック!

 

 

 

駅全景。付近の踏切はその名もズバリ『東6線踏切』。

 

 

 

踏切側から士別方を望む。

 

 

 

待合室内部の様子。コの字にベンチが配置されており、当然暖房はありませんが、一応照明は付いています。除雪道具が置かれているのは北海道の無人駅ならでは。

 

 

 

発車時刻表。反射して見づらくなってしまうため斜めからの撮影です。

列車は1日上下それぞれ4本ずつしか停車しません。来訪時は路線バス利用でしたが、ここからは14:59発の音威子府行327Dに乗車する事によって実際に駅を利用します。

 

 

 

きっぷ運賃表。当駅と同時に廃駅となってしまう南比布、北比布、北剣淵、下士別の各駅が掲載されています。

 

 

 

北海道の無人駅でお馴染みの駅ノート。他の駅でもそうですが、道外各地からの来訪者の書き込みが多いです。特に、緊急事態宣言下の地域から…。

きちんと感染予防対策は取った上での来道という事を信じていますが、如何せん、道内にも変異株が上陸してしまっているとの事で…。まだまだ油断はできません!

 

 

 

列車の時間が近づいてきたのでホームに出ます。

列車の接近を知らせる警報機は旭川~名寄間の高速化事業に伴い、特急列車が高速通過する無人駅各駅に設置されています。

 

 

 

彼方から、次に乗車する音威子府行327Dが見えてきました。

 

 

327Dはキハ54 511(旭アサ)の単行。

H100導入後も、名寄以北で活躍する車両を送り込むためキハ54による運用は継続します。

 

 

 

先程士別駅で購入した乗車券類です。

この時点では宗谷本線関連の乗車券1枚購入につき1枚貰える『駅カード』が配布されており、和寒、剣淵、士別の各駅それぞれのカードが対象となっています。

 

 

 

327Dの乗客はほとんどが部活帰りと思われる高校生ばかり。

剣淵駅でそこそこの人数が降りていきました。

キハ54 511は元々宗谷北線運輸営業所の所属だった関係で、ロングシート延長は未施工のまま。むしろ急行礼文用だった527~529より転換クロスシートの座席数が多いので、この車両に当たればラッキーというべきか。

 

 

 

廃止予定の北剣淵駅に停車。コチラは今回とは別の日程で訪問しています。

 

 

 

15:45、327Dとしては終着となる名寄駅に到着。

列車そのものは4329Dと名を変えて音威子府へ直通しますが、16:36の発車までなんと51分も『バカ停』します。

 

 

 

当然というべきか?名寄までの乗客は全て降りてしまい、車内は見事カラに。

私は折返し16:15発の旭川行326Dで戻るのですが、一旦改札を抜けて無為な時間を過ごすのも…と思い、停車時間中の列車を待合室代わりに過ごさせて頂きました。一応、有効な乗車券を持っている事だし…。

 

 

 

しかしすぐ後、15:48に稚内からの64D特急サロベツ4号が到着するのでつい撮ってしまいました。この日は通常編成でキハ261系SE-102+SE-203による運用でした。

尚、前日の下り宗谷から運用に入る予定だった『はまなす編成』は、やはり車両不具合が原因で通常編成による運用に変更されており、せっかくの新車にも関わらずことごとくロクな目に遭っていません…。

 

 

 

16:02頃、2番線に、旭川行326Dとなるキハ40 1824(旭アサ)が名寄運転所から回送されてきました。旭川配置車では珍しいタイフォン付の個体です。

この列車でキハ40の惜別乗車も兼ねて今夜の宿泊地である旭川へ戻ります。

 

 

 

キハ40 1824は1982年製の249が原番号で、つまりラストから2番目。

表記は変更されていませんが以前は苗穂運転所に所属しており(タイフォンが残っているのはそのため)、ラッシュ対策でクロスシートの片側が1人掛けになっているのが特徴です。

ちなみに最終製造の250は現在825を名乗っており、昨年4月17日にコロナ禍による不本意な形で列車の運行を終えてしまった札沼線(北海道医療大学~新十津川)での運用の後、函館に転属して活躍を続けています。

 

 

 

今回乗車した326Dは廃止予定の小駅は全て通過する『準快速』とも呼べる列車。

1つ目の停車駅・風連で交換した3323D快速なよろ3号はキハ40 721の単行。

 

 

 

夕闇迫る下士別駅を通過…。

この駅も廃止予定箇所で、私は翌日に訪問します。

 

 

 

17:50、終着の旭川駅6番線に到着。この日の乗り鉄はコレで終了。

車両はそのまま、サボを交換した上で18:16発石北本線上川行4531Dの運用に入ります。

 

 

 

夕食として、駅直結のイオンモール旭川駅前内にある『あさひ川 井泉』でカツ重を頂きました。週末の夕食時にも関わらずお店は空いていたので気の毒でしたが、その分安心して食事ができます。

 

 

 

ライトアップで紫に染まる旭川駅と、隣接するJRイン旭川&イオンモール旭川駅前。

 

 

 

この日の宿は、駅から徒歩5分程度の距離にある『東横イン旭川駅前一条通』。

翌日は早朝から行動開始なので、19時前にチェックインしました。

 

 

今回はここまで。残りの行程は次回に紹介します。

つづく