2006年出版の本人書き下ろし、「小沢主義 オザワイズム」を読んだ。
- 小沢主義(イズム)
- ¥1,000
- 楽天
というわけで、今回は書評・兼・「小沢論」である。
【小沢氏のやりたい事とは】
この本はまさに、小沢一郎の政治論である。
彼の主張を、ざっと箇条書きすると、こうなる。
■選挙は民主主義の原点であり、どぶ板選挙をしない政治家はダメだ
■農業はもっと自由化されるべきだ。それが農業の再生だ
■大規模農家を優遇せず、補助金漬けにせず、「直接払い」で競争力を上げよ
■小泉改革は、中途半端であり、また弱者ばかりにシワ寄せが行った
■改革が痛みを伴うのは当然だ。やるなら容赦なく一気に
■官僚主導を打破する理由は、「責任の所在」が明確でないから
■日本がピンチの今こそリーダーが必要だ
■リーダーに必要なのは、調整力ではなく志であり、責任感だ
■アメリカ依存が、日本の自立性を損なった
■対米追従はやめよ。アメリカは対等な関係を求めている
■憲法9条を改正、あるいは自衛隊を国連に直接派遣
■モラルの崩壊は、教育を個人でおこなうため。は社会全体でやるもの。昔はそうだった
このうち、気になる点をピックアップしていこう。
【小沢イズム=民主党マニフェスト】
この本は、素直に読むと、共感できる部分が多い。
そして、現在の民主党マニフェストに、「いかに小沢の政策が反映されているか」がわかる。
この本に書かれた事が、そのままマニフェストになったと言ってもいいくらいだ(。-`ω´-)
例えば「戸別所得補償制度」は、この本で言うところの「直接払い」のことだろう。
小沢氏に言わせれば「競争力やヤル気を高めるのに必要で、補助金漬けでは農業は衰退する」と言う。これは僕も同意できる。
政治主導も、「責任の所在の明確化」という、小沢氏が繰り返し唱えた概念の象徴と言える。
「アメリカとの対等な関係」もそうだろう。
【子供は社会で育てるのが保守?】
興味深いのは、「子供は社会が育てる」のくだりである。
この本ではまだ、子ども手当の構想は出ていないが、その理念は存在している。
さて、保守派の多くは、
「社会が育てるなど、社会主義的だ! 子供は親が育てるものだ!」
という理屈で、この理念に反対してきた。
しかし、小沢氏の言う「社会が育てる」は、
「昔は、村や地域の大人たちみんなが、各家庭の子供を見守ってしつけてきた。今は地域の絆が失われたから、モラルが崩壊しているのだ」
という理由で、「社会が育てる論」を語っているのである。
・・・つまり「子供は社会が」というのは、自民党の最新の報告書にあった「地域の繋がりの復活」と、まったく同じ構想だった、というわけだ。これは面白いね(´ω`)
【詭弁を弄する選挙話】
小沢氏はしきりに、
「選挙民に会え! どぶ板選挙をしろ! それをしないで民主主義はない!」
と説いている。
有権者に直接会って話をしてこそ、利権ではない本物の支持も得られるし、広い視野を持って、政治家として何をなすべきかわかるのだ、という。
なるほど、このご意見は御立派だが・・・
そもそも小沢氏は、「もはやそれをしていない」ではないか(゚Д゚)
彼は、自分でも「すでに20年くらい、まともに地元に帰っていない」としながらも、「それでも選挙で勝てるのは、若い頃めいっぱい地元を回ったおかげ」などとうそぶく(・ε・)
だが、そんな都合のいい話はないだろう( ´_ゝ`)
小沢氏はタレント議員など、「一時的な知名度で選挙に勝つ候補」を批判しているが・・・
自分だって「20年前の名声」を頼りに選挙で勝って慢心しているなら、タレント議員となんら変わりが無い。
【ダーティ・オザワの本懐はどうした?】
だいたい、今の小沢氏が「選挙の鬼」でいられるのは、東北の建設票、すなわち利益誘導のためである。
彼が公明党ばりの「リスト戦略」で、地元のあらゆる建設会社の投票や選挙応援を強いている事は、すでに周知の事実である。
犯罪であるかどうかはともかく、それがずぶずぶの利権票である事に疑いはない。
小沢氏を支持する人は、小沢氏のそうしたダーティな部分も「剛腕」として許容する。
まぁ、政治とは数の論理であり、選挙は勝ってナンボであり、その点、今回は批判しない。
ただ、僕が批判したいのは・・・
小沢氏がそうした「ダーティな剛腕」を、本の中で堂々と自己正当化してくれればよかったのに・・・
あくまで、「嘘八百のクリーンな選挙論」を貫いた事だ(´Д`)
これに限らず、この本は、「本人の言葉で書かれている」が、しかし「本人が嘘をついている」事は、大いに考慮する必要があるだろう。
【ワンフレーズではなく「引用の魔術」】
正直、書いてある話の半分くらいはウソだと思う(-ω-)
しかし、説得力は十分あるし、共感を呼びやすいので、騙される方は多いのではないか。
では、この本のどこが問題なのか?
ワンフレーズ・ポリティクスという手法があるが、小沢氏はそれではなく、むしろ「わかりやすい論理の魔術」と言える。
歴史の事実や、偉人の発言を引用し、自分の主張を色付けする・・・こうすると、まるで「偉人から学んだ正しい論理」のように見えてくる。
だが、中にはあまりに強引な引用もあり、「引用の三段論法」と呼びたくなるような飛躍さえある(゚Д゚)
1つ紹介しよう。
小沢氏は「日本の三大改革」として、大化の改新・織田信長・明治維新を挙げる。
そして、「改革は容赦なく、一気にやる必要性」を補強するために、信長のこんな逸話を取り上げる(以下は僕の意訳)
「信長様、捕虜に対して、もっと情けをかけるべきではありませんか?」
『何を言うか。戦争とはそもそも、情け容赦のないものだ。それをやると決めた以上、情けは禁物である。情けなどかけるなら、最初から戦争などしなければよいのだ』
・・・いくら信長を尊敬していても、この「逸話」は、暴論にすぎるだろう。
当時の時代背景を考慮したって、信長の言い分自体、飛躍しているしねwww
なにより今の時代、「戦争にもやり方はあり、人道的な配慮が必要」なのは、国際法の基本だ。
しかし、自説を補強するために、なんでもいいから逸話を探そうとすると、こういうトンデモな引用をしてしまう。
小沢マジックの緩みの一端だと思う。
【どうしたリーダー?】
選挙論以上の欺瞞は、彼のリーダー論だろう。
「リーダーは理想、つまり公約を安易に下ろしてはならない」という意見はここにもあり、これが小沢系列の「マニフェスト死守」につながっているのはわかる。
そして小沢氏は、「責任者不在のカラクリが、官僚や教育や政治家の腐敗を招いている」とし、「リーダーという、責任を明確に取れる存在が必要だ」と説いている。
・・・だが、小沢氏はリーダーではない(゚Д゚)
自分ではあっちこっちに「リーダーが出てこなければダメだ、責任の取れる奴が必要だ」と言いながら、自分はリーダーになろうとしない。
にも関わらず、「自分の政策」を、「責任を取らなくていい位置」から、他のリーダーに強いているのだ。
これはこの本を読む限り、小沢氏がもっとも「変えるべき」と言っている日本の旧体質そのものではないか('A`)
「そうじゃない、小沢氏はリーダーになりたいのだが、なれなかっただけだ」
という指摘もあるかもしれない。
だがやはり、小沢氏のこの主張を見れば、「リーダーでないものが、そういう形で影響力を発揮すべきではない」となるので、どっちみち今の小沢氏は、自分の主義に反した「古い政治」をしている事になる。
書いてある事は、いい事も多い。
だが、書いた本人は、全然そうなっていない。そう感じた(。-`ω´-)
結局、小沢の真意はまだ霧の中だね・・・w
霞を食って生きる北野旅人を応援してくださる方は↓↓をクリックしてね!!
現在、ライター仕事を募集しています。
コラム、エッセイ、小説、マニュアル製作、なんでもご相談ください(´ω`)
お問い合わせはこちらから。
anothereden@excite.co.jp