【パワースポットも神社も、二重構造になっていて】
神社というのは、封印場所。それなりのホチキスを打ったような場所。日本には、いたるところに神社が、ある。
(そのことを説明しているブログは、多々、ある。細かい説明は、それらのブログの方々に譲る)
パワースポットも、そうなのだけれど、
エネルギーの場所なものだから、そこを封印する。
なので、パワースポットを訪れたり、神社を参拝したりするそれは、
逆に、「封印のお手伝い」をすることにもなっている、ということにも、なる。
御利益を得たいその為に、「封印のお手伝い」をしていることになる。支配して封印している側は、封印してエネルギーを得ているから、御利益云々が、出来る。
「おぉ、かわいいな。封印をさらに強めてくれたのだな」と、御利益をもらえる。
支配した側が、封印した側なものだから、「封印のお手伝い」をすれば、「御利益が与えられる」というそのカラクリを知っておくのもいい。
こんなことを書くと、「否定的」と捉えられてしまうけれど、仕方がない。
パワースポットや、神社参拝も、そういう二面性が、あるようだ。
「封じられた側」に落とされる場合も、多々、ある。家族関係や、夫婦関係で、落とされた迷いの中に放り込まれる人たちもたくさんいるけれど、
それは、封印された側にも共通するところがあって、
そこから脱出するのは大切だけれど、
脱出して、「封印した側の仲間入り」をするところで、止まってしまうようだ。
未だに封印されているエネルギーの源を一緒に封印しだして、
仲間入りをして、それを「自己実現した!」と、錯覚してしまうが、それ、途中経過でしかない。
神様?と呼ぶ神霊存在たちは、大きく2種類存在する。
もともとの地球存在を封印して、封印しながら、そのエネルギーをもらう「封印した側」の存在の2者が、いる。
御利益を与えてくれるのは、「封印した側」。だから、一緒に封印するために、訪れ、参拝も、する。
それで喜び、それを拡散するのもいいのだけれど…。
神様?と呼ぶ神霊存在たちは、大きく2種類存在する。
もともとの地球存在を封印して、封印しながら、そのエネルギーをもらう「封印した側」の存在の2者が、いる。
自己実現したいなら、封印側の仲間入りをすれば、出来ることに、なる。しかしそれ、「錯覚」で、イベントをし続けることに、なる。
北乃・覚え書き