R07-05-08

〔ポスト恐山30年が終わって〕

 かむなから神業(しんぎょう)というものがある。

 昭和56年から始まったそれは、45年ほどが、経過した。

 「神びらき」から始まった展開は、

5回の3年おきの「根元総会」というものが平成5年の夏に屋久島で行われ。その後、10年間は、ポスト屋久島という展開と、なった。

 が、同時に、併行して、

「ポスト恐山」という展開が、平成6年の6月から始まった。


 これには、長い年月を必要とした。

 令和7年2月2日までの、30年間と8ヶ月が過ぎた。


 今は、次に進むための「修正と、まとめと、準備」と、なっている。

  次に進めるかは、まだ微妙なところなのだけれど…。


【シナイ山と恐山】

  平成6年から始まったこの30年間に、平成11年からは、かむなからの中では、

主役は、「洋子」に移行していた。すなわち、ここ25年間は、彼女が主役だったけれど、

それに気づくのは、つい半年前のことだった。

 かむなからのメンバーというのは、大凡、多く見積もっても、50名に満たない。


  大正時代に日本を席捲した「大本教」というものがある。

 その「タテカエタテナオシ」は、日月神示にも引きつがれたけれど、

その展開は、「かむなから神業(しんぎょう)」にも、その一部分が、引きつがれた。


 世の中の「タテカエタテナオシ」のそれ以上に、

「神々や、神霊界のタテカエタテナオシ」に、他ならなかった。


 それを「人間」を通して、それをする。

 すなわち、人間に投影して、「型出し」をして、タテカエタテナオシというものをする。


 すべての原因は、潜在意識のその奥の、「神霊界のタテカエタテナオシ」に、あったことに、なる。


 このタテカエタテナオシのキーワードは、

「シナイ山と恐山」だったことになる。


 忽然と消えたとされるユダヤ12支族のうちの10支族は、日本の恐山や東北地方に、潜っていた(渡っていた)ことに、なる。アラハバキ族や、東北の安部(藤原)王朝を形成してゆく。


 シナイ山の「なきてなきもの」という存在たちと、その民は、

「なきてアルもの」になるが如く、「自己実現」に奔走することに、なる。

「わたしは…、アル!」という伊勢神宮地下(伊雑宮の地下)の、銅鏡と、なっている。


 日本に潜入した。すなわち、日本を乗っ取っていった。

 

 空海や後醍醐天皇は、そのトップとなっている。アシケナジーのほう。(ハザールのほうでない)

 すなわち、伊勢神宮の本拠地は、隠れた側の「恐山(=シナイ山)」ということに、なっている。

 そして、彼らの手法は、伊勢を本拠地とするオモテの2支族が、恐山を本拠地とする10支族を隠すもしくは、潰すという方法を使ってきた茶番劇を大々的にしてきた。

 あくまでも、「隠れておれ!」なのだけれど、

そんな時代は、変換されて、「隠れなくて良いこと」になってきている。


 世の中、潜在意識をオモテに出す時代になり、そして、出したら、思いを果たして、消えてゆく、そんな時代の流れになっている。

 それが、彼らのタテカエタテナオシの手法となっているから。
 

つづく…。