好きなお菓子はたくさんある。きのこの山、パイの実、丸大豆せんべい……、一つずつ挙げていけばキリがない。ただ、今はもうスーパーの棚から姿を消してしまった商品もある。子どもの頃、母の買い物についていってカゴへ入れていた、森のどんぐり、すぎのこ村、つくんこ……、それらはもうどこへ行っても購入できない。この日、婆さんが持ってきたのは、そんな売っていないはずのお菓子だった。

 

 

 真夏の太陽が容赦なく照りつけたある日のことである。ソファーに寝そべり、お腹の上によじ登ってきた次女と手遊びをしていると、インターホンのポップな音色が居間に響いた。妻は長女と一緒に昼食の支度中で応答することができない。

 

 

「あなた、会長さんが来たみたいだね」

「うん、ドアを開けてくるね」

俺は次女を抱っこして玄関へ向かい、ドアスコープをのぞいた。

 

 

「今、開けますね」

ガチャッ……。

「あら、お嬢ちゃん、こんにちは。今日もカワイイわね」

「ばーばぁ! ばーばぁ!」

 

 

「そうよ、アタシはババアよ」

「あっ、いや…、ババアって言ってるんじゃないですよ」

「分かっているわ。でも、ババアなんだからババアって呼んでくれてもいいのよ」

「いや、それは……。あっ、どうぞお上がりください」

「お邪魔するわね。妹子さんと大きいお嬢ちゃんはどうしたのかしら?」

「キッチンでカレーを作っています」

「夏はカレーよね!」

どうして暑い夏にカレーなのかは分からないが、確かに食べたくなる。子どもの頃に行った海水浴場やプールでも、だらだらと汗を流しながらカレーライスを食べた思い出がある。もちろん、大好きなカツをのせて!

 

 

 

 

「あっ、会長さん、こんにちは。今日はゆっくりとしていってくださいね。今、お昼ご飯の用意をしていますので、召し上がっていってください」

「なんだか悪いわね……。妹子さん、気を遣わなくてもいいのよ。今日はあなたと清掃氏さんがよく食べていたお菓子を見つけたから持ってきたの。ほらっ、あの頃を思い出さない?」

 

 

「わっ、懐かしい! 最近、売っていないですよね」

「かっ、会長、そのお菓子は何年か前に生産中止になったはずですが……」

「あん? 遺産の種牛(たねうし)がどうしたって?」

「いや、違います……。遺産の種牛じゃありません。そのお菓子はですね、もう作っていないはずなんですよ」

「あら、そうなの? 食器棚の下の物入を整理していたら出てきたのよ」

 

※カレー味は2017年8月生産分をもって販売が終了しています。また、チーズ味とうす味は同時期より関西地域以西での限定販売に変更されています。

 

「ちょっと賞味期限を見てみましょう。えっと……、あっ、いや……、これは……。2017年11月8日……、約3年前ですね」

 

 

「期待させて悪いことをしちゃったわね。持って帰って処分するわ」

「いや、せっかく持ってきてくださったので、一口食べてみますよ。味がどう変わっているのか興味ありますし……」

「やめた方がいいわ。お腹を壊すわよ」

「開けて匂いをかいでみて決めますね。密封されていますし、虫が湧いているなんてことはないと思います」

 

 

カレーの香ばしい匂いが広がった。色が若干薄れている気がしたが、元々の色をはっきりと覚えていないので比較のしようがない。

「どれっ、食べてみますね」

ガリッ……、湿気た感じはしない。べたべたと歯にまとわりつく感覚も変わらない。うーん…、美味い(うまい)じゃないか!

「二子たんも! 二子たんも! あむあむ! あむあむ!」 

懐かしの食感を満喫している俺を見て、次女が手を伸ばしてきた。だが、さすがに食べさせるわけにはいかない。

「お嬢ちゃん、良い子は真似しちゃダメよ。ほらっ、お母さんとお姉ちゃんがもっと美味しいカレーライスを作ってくれたわよ。みんなでいただきましょ!」

 

 

「会長さん、お口に合うか分かりませんが、どうぞ召し上がってください」

「遠慮なくいただくわね。うん、美味しいわ! 妹子さんもお姉ちゃんもお料理が上手ね」

 

 

スプーンが使えるようになった次女も口の中に詰め込むようにして食べている。まだ綺麗には食べられないが、目くじらを立てるようなことではない。今はまず自分で食べる喜びを感じてほしい。

「わっ、二子ちゃん、カールおじさんみたいになっているよ。会長おばあちゃんが持ってきてくれたお菓子と同じだね!」

長女が言うように、確かにカールおじさんのようになっていた。

 

 

「私もやってみようかな」

「娘子、そんなことをしたら行儀が悪いよ。もうお姉ちゃんなんだから……」

「妹子さん、今日だけは許してあげてくれるかしら? お姉ちゃんはね、食べられないお菓子を持ってきたこのババアに助け舟を出してくれた気がするの」

「いや…、それはさすがに考え過ぎかと……」

「アタシもやるわっ! ほらっ、あんたもよ!」

「えっ…、おっ、俺もですか?」

「じゃっ、じゃあ、私もしてみようかな……」

災い転じて福となす。いや、ちょっと違うか……。だけど、こんなふうに自然と助け舟を出せたら素敵だと思う。俺はそんな助け舟の船頭でありたい。そう思った休日の出来事である。

 

 

 

文:清掃氏 絵:清掃氏・ekakie(えかきえ)

 

 

 

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