妻が印を付けたスーパーのチラシをエコバッグに入れ、歩いて買い物へ向かったある日のことである。容赦なく降り注ぐ強い日差しに顔をしかめていると、信号の先に一台のタクシーが停まった。ここ最近、いや、もう1年以上はタクシーに乗っていない。初乗り料金も忘れてしまった。バイト代が入ると、横浜駅からタクシーで大学へ通っていた頃が懐かしい。タクシー代にタバコ代、そしてゲーム代、それらを貯めていたら一体いくらになっていただろう。そんな"散財の記憶"に打ちのめされていると、タクシーから降りてきたお年寄りがきょろきょろと辺りを見回していた。
「んっ!? あのシルエットは……」
間違いない……、先月退職した婆さんである。俺は駆け寄って話しかけた。
「かっ、会長、すごい奇遇ですね。今日はどちらへ? この辺にお知り合いでもいらっしゃるんですか?」
「知り合いはあんたよ。あんたの家へ行くところだったの。ちょうど良かったわ」
「えっ?!、何も聞いていませんが……」
「あんたの奥さんが…、妹子さんがお茶でも飲みに来ませんかって誘ってくれたのよ。あんたは電話の一本もくれないじゃないの」
「あっ、いや…、俺は静かに余生を送っていただきたいと思いまして……」
「あん? 寄席がどうしたって? アタシは噺家(はなしか)じゃないわ」
「いや、寄席じゃありません……。余生ですよ、余生! 残された人生のことです」
「余生ね……。仕事を辞めた後の人生をそう一括りにする人がいるけど、人間としては命が尽きるその瞬間まで現役なのよ。足腰が不自由になったって、耳が遠くなったって、現役の人間であることに変わりないわ」
「そうですね。会長にはいつまでも現役でいてほしいです」
「あと10年は現役のババアでいたいわ」
「いや、10年なんて言わずに……。あっ、ウチの場所は覚えていますか? 俺は急ぎの買い物を頼まれていて……。ほらっ、見てください」
「やっぱり妹子さんはしっかりしているわね。あんた、子どものお使いみたいじゃないの。無駄遣いをしないように丸で囲んであるのよね?」
「はい、おっしゃる通りです……」
「ガハハハハ! いい夫婦ね。ほらっ、家まで案内しなさいよ。こんな炎天下のもとにババアを置き去りにしたりしないわよね? 買い物は後で大丈夫よ!」
「あっ、いや…、タイムサービスだから急いで買ってきてほしいって……」
「その桃なら買わなくていいわ。妹子さんと電話で話した時に好きな果物を聞かれたのよ。アタシの為にお金を使う必要はないわ」
「……分かりました。お気遣いありがとうございます」
俺は婆さんを連れて自宅へ戻った。我が家に来るのは何年ぶりだろうか。珍しい来客に子どもたちがはしゃいだ。
「可愛いお嬢ちゃんたちね。ここに飾ってある写真はいつ撮ったのかしら? もうこの時よりも大きくなっているわね」
婆さんが写真を眺めていると、妻が台所から走ってきた。
「わっ、会長さん! どうぞ上がってください。今、お茶を入れますね。あなた、桃は買ってきてくれた?」
「いや、それがカクカクシカジカで……」
「かっ、会長さん、すみません……」
「妹子さん、気を遣わなくていいのよ。こんなババアに電話をくれて、話し相手になってくれるだけで十分だわ。毎日、暇で暇で仕方なかったの」
「ウチで良ければ、いつでも遊びにいらしてください」
「本当に清掃氏さんには出来すぎた奥さんね。過ぎたるもの、ううん、過ぎたる人だわ」
誰に言われずとも俺自身がいちばんそう思っている。いつか俺で良かったのかと尋ねてみたい。あっ、いや…、今日はそんな惚気話を書こうとしていたわけじゃない。俺にはそんな出来すぎた人が、過ぎたる人が、たくさんいる。この拙いブログを読んでくださる皆さま、そしてこの味気ない文章に彩りを与えてくれる絵師さん。これから共にブログを作り上げてくれる二人の絵師さんを紹介したい。婆さんの話の続きはまた次回……。
ekakie(えかきえ)さん
忘れずにいたいこと
小さな頃から絵を描くことが好きでした。好きな漫画に写し紙を乗せ、漫画が破れるまで模写をしていたことを覚えています。中学生から社会人の間は描いていませんでしたが、結婚後にドラゴンクエスト8を購入したことをきっかけにして、攻略サイト内にあるお絵かき掲示板にマウスで描いた絵を投稿するようになりました。
それから月日が流れ、長男が幼稚園年中の時に担任の先生の似顔絵を描くことになったのですが、思いもよらず好評で、『似顔絵』というものを意識し始めました。そして、偶然にも地元の生涯学習講座で似顔絵講座が開講されることを知り、申し込んだのです。そこでは、似顔絵のなんぞやを学びました。
全10回の講座終了後、ボランティアで対面似顔絵を描くことになりました。ですが、"初めましての人"を描けるわけがないと、水入れの水が揺れるくらい足が震えました。上手く描けたかどうかは自信がありません。ただ、とても楽しい経験になったのは確かです。
その後、似顔絵師としてお客さまを描いてみたいと思っていたところ、あるイベントに誘われ、出店をしてみました。そして、その日のいちばん最後にいらしたお客さまが地元の新聞社の記者さんで、インタビューを受けながら似顔絵を描いたのですが、翌日に地元紙の一面に私の記事が載り、それを読んでくださった企業さまからもお声がけをいただけるようになりました。それからはご紹介が繋がり、おかげさまで今日まで似顔絵師を続けてこられています。勇気を出して一歩踏み出せば、望んだ世界に繋がるということを忘れずにいたいと思います。
目に見える夢や願い
絵は夢や願いを目に見えるものにしてくれます。その絵が心の支えになったり、お守りになったり、誰かを救うことだってあると思っています。たとえ大きな笑顔が見えなくても、心の中でフフッと微笑んでいただけたら、それが私にとって、また頑張ろうという力になります。
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コムギさん
日々を生きる喜びとして
子どもの頃から絵を描くことが好きでした。体育が好きな子が体を動かすことが好きなように、私も美術が好きで友だちと漫画を描いていました。数年前からインスタグラムでオリジナル絵を描き、2ヵ月前からアメブロで似顔絵を描いています。昭和世代の私にとって、インターネットを通じて多くの人に自分の絵を見ていただけること、そして中には褒めてくださる方さえいることはとても驚きであり、絵を描く原動力、そして日々を生きる喜びに繋がっています。
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3人でブログを作り上げていきます。
天理人情編は8月1日スタートです。
これからもどうぞよろしくお願いいたします。
清掃氏 ekakie(えかきえ) コムギ
国立大学卒トイレ清掃員@fukunokaori
正しい言葉が人を傷つけることもある。 嘘でもいいから優しい言葉をかけてほしかった。 そんな過去を思い出す。 誰も救えない正義や信念に意味はない。 それは真っ直ぐに貫く為に持つものじゃないんだ。 曲げたって折れたっていい。 誰かを救えた時、そこに初めて意味が生まれる。
2020年07月08日 07:31
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