人と違うことを恐れる人がいれば、人と違うことを望む人もいる。前者は世の中を守る人で、後者は世の中を変える人、俺はそんなふうに思っている。もちろん、それはどちらが良くて、どちらが悪いということではない。どちらも必要で、どちらも否定できない。そして、その上で言えることは、違いは間違いではないということだ。
クリスマスが近付いてきたある日のことである。新人清掃員の妹子さんがクッキーを作ってきてくれた。
「皆さんにクッキーを焼いてきました。少し早いですが、私からのクリスマスプレゼントです。良かったら召し上がって下さい」
「あら、美味しそうなビスケットねぇ、早速いただくわ。妹子さん、ありがとねぇ」
婆さんたちにとっては、小麦粉を使った焼き菓子は全てビスケットである。クッキーとビスケットとサブレの区別はない。更に言えば、クラッカーさえもビスケットだと言う。
「かっ、会長…、これはビスケットではなくてクッキーですよ」
「清掃氏さんは細かいわねぇ。細かい男は嫌われるわよ」
「いっ、いや…、そうかもしれませんけれど、これはビスケットではなくてクッキーです!」
「何が違うのよ?」
「詳しくは知りませんけれど、確か糖分や脂肪分の割合で分けられています」
「美味しければ、どっちでもいいのよ。ほらっ、清掃氏さんもいただきなさい!」
「そっ、そうですね、いただきます。うん、美味しいですね」
「そうそう、明日、サブさんたちとアタシの家でクリスマス会をやるんだけど、清掃氏さんと妹子さんも招待するわ」
婆さんたちのクリスマス会…、興味はあったが、気が進まなかった。もちろん、誘ってもらえることは嬉しい。だが、俺は誘われるだけで十分だった。子供の頃から他人の家に上がるのが苦手で、酷く気疲れをしてしまうのだ。そしてそれは、他人が自分の家に来た時も同じである。適切な表現が見つからないが、何というか、安らぎの空間や時間を侵されたくないのだ。だから、俺は友達の家で遊んだ経験や友達を自分の家に呼んだ記憶がほとんどない。
「うーん…、俺は遠慮しておきます。皆さんで楽しんで下さい」
「あら、残念ねぇ…。妹子さんは来られるかしら?」
「はっ、はい、私は参加します。せっ、清掃氏さんも行きましょうよ」
「ほらっ、妹子さんもそう言ってるから清掃氏さんも来なさいよ」
「いっ、いや…、俺は…」
「清掃氏さん、大勢で集まったり、ワーワー騒ぐのが苦手なんでしょ?」
「よく分かりますね…」
「普段の清掃氏さんを見ていれば分かるわよ」
他人の家に上がるのと同様に、俺は大人数で集まるのが苦手だ。『輪に入って楽しまなければならない』『一緒に盛り上げなければならない』、そんな強迫観念のような気持ちを抱いてしまうのだ。
「アタシたちに気を遣う必要はないのよ。ババアはババア同士で話しているから、好きなテレビでも観ていればいいじゃない」
「分かりました。では少しだけお邪魔させていただきます」
「何かしこまってるのよ。妹子さんが話し相手になってくれるから安心しなさい、ガハハハハ」
そして、翌日の仕事後である。俺たちは婆さんの家にお邪魔した。もっとも、クリスマス会といっても、休憩室で行われている井戸端会議の延長である。違うのはツリーが飾られ、チキンやケーキが運ばれてきたことくらいだろう。デザートを食べ終えた後は、婆さんの提案でトランプ大会が催された。婆さんたちと『ババ抜き』である。『ババ抜き』であれば、大騒ぎすることもなく、皆で輪を作って楽しめる。婆さんが気遣ってくれたのだろう。
時計の針はあっという間に回り、20時を過ぎた頃である。
「清掃氏さん、妹子さんを駅まで送っていってくれるかしら」
「いいですよ。俺も朝早いんでそのまま帰りますね」
「そうね、気を付けて帰るのよ」
「今日はありがとうございました」
俺は彼女と歩いて駅へ向かった。
「清掃氏さん、楽しめましたか?」
「うん、楽しかったよ」
「あっ、あの、清掃氏さんにクリスマスプレゼントがあるんです」
「えっ?!」
「はっ、はいっ、どうぞ!」
「何だか申し訳ないね…。俺は何も準備していないのに…」
「わっ、私はいいんです。よっ、良かったら、開けてみて下さい」
袋の中には、手作りのクッキーと細長い箱が入っていた。俺はゆっくりと包装紙を剥がして箱を開けた。箱の中身は俺の大好きなピンク色の…(【第47話 見たことのない色】参照)。
「あっ、ありがとう!」
「きっ、気に入ってもらえましたか…? これでパスケースもスマホケースもお財布も、全部ピンクで揃いましたね!」
「すごく嬉しいよ。明日から早速使わせてもらうよ」
「清掃氏さんのお財布、あちこち傷んでいるじゃないですか。だから、新しいお財布をプレゼントしてあげたいって思っていたんです。お財布なら肌身離さずに持っていてもらえますし…」
「財布が傷んでいるってよく見てるね。本当にありがとう。ピンクの財布はなかなか買う勇気が持てなくてさ…」
「そっ、そうですよね。でも、お買い物でお財布を出す時とか恥ずかしくないですか?」
「俺がピンクの財布を出したら、レジの人は『んっ?』って思うかもね。でも、全然恥ずかしくないし、本当に嬉しいよ」
「喜んでもらえて私も嬉しいです。わっ、私…、清掃の仕事を始めて、皆さんや清掃氏さんと出会えて、分かったことがあるんです」
「分かったこと??」
「人と同じじゃなくても、人と違っても大丈夫だってことです。私は私のままでいいって分かったんです」
「うん、その通りだと思うよ。俺はそのままの妹子さんでいてほしいな」
「はっ、はい」
誰かと、あるいは皆と同じようにありたいと思うのは、それが安心感に繋がるからだろう。だが、自分の意に反して、人と同じである必要はない。また、無理に人と違うことをする必要もない。そのように生きても、そこにいる自分は好きになれないだろう。好きな色が違えば、好きな匂いも違う。人とは違う自分を素直に認めること、そんな自分に正直であること…。人と同じであろうが、人と違っていようが、何ら恥ずべきことはない。
自分は自分のままでいい。違う誰かになる必要などない。もちろん、自分らしさを大切にすることで失うものもあるだろう。だが、それは周囲の人間に合わせながら生きても同じことである。どちらにも、失うものと手にするものがある。ならば、俺は俺らしく、俺のままで生きたい。
人は『同じである』という安心感を求めながらも、自分にはないもの、自分との違いに憧れを抱く。だから、人と違うことは悩むことでも恐れることでもない。その違いは、人に好かれ、愛されるものでもある。そう…、違いは間違いではない。その違いは…、あなたの魅力である。
国立大学卒トイレ清掃員@fukunokaori清掃員は空気のようなもの。 誰かに意識されることも気に留められることもない。 でも、必要な存在。
2015年12月25日 23:47