THEイナズマ戦隊 久保裕行オフィシャルブログ「北の荒熊通信」Powered by Ameba -216ページ目

なんか色々と思い出した。

なんか色々と思い出した。

反抗期的なものはほぼ無かったと思う自分。仲良く仲良くピースピースとおもっていた子供時代。

けど中学生くらいの時に、妙に田舎がいやになって、農家をやりたくないなぁって思った。

単純にクラスメイトも少なかったから、もっと沢山友達が欲しかった(笑)

あとは毎日おんなじことを繰り返すのが嫌で、

それで、中学校卒業で家を出て、高校は下宿して通った。


それがはっきりと言葉には出さなかったけど、自分の反抗期だったんだろう。


そこからも田舎コンプレックス的なものは常につきまとい、

とにかく、いちいち見るものとか全部初めてのものが多かったから、いちいちビックリしてたらカッコ悪いとおもってたので、

その時、世の中は何が起こるかわからないから、イチイチびっくりしないで、とにかく柔軟にいようと思った。


柔軟が高校時代のテーマだったのかも。


最初は自分で意識して始めたけど、それはもう性格になってた。

映画をみても主役を横目に見ながら、背景とかをずっとみてたり、

とにかくいい意味でも悪い意味でもよそ見ばっかりしていた。


おかげか、俯瞰で自分をみるのは凄い得意だったし、

久保裕行を操縦する久保裕行がいた気がする。


ま、それも、良くも悪くもだけど、とにかく柔軟で目の付け所はいつもアイディアとユーモアに富んでいたと思う。


それは音楽には凄いいかされてるとおもう。

いろんな角度から色んな聞き方が出来るし、

おかげであらゆる角度から無限の想像力
で頭のなかをアイディアでいっぱいにできる。


本当に良くも悪くもだと思うけど、高校の時にやってて良かったなぁと思う。


今でもよそ見は多い方だと思う。
けど、思い出した昔に比べ、

いい意味でも悪い意味でも一目散だ。
真っ直ぐだ(笑)


どっぷり集中したり想いが強くなればなるほど、主役ばっかりを見ている自分に気がついた。

それが本来の性格かもしれない。


けど、これも良くも悪くも(笑)柔軟性を減らしている気がした。

田舎をはなれ、長いこと時間が過ぎた。

すると出身は自分のルーツであって、リスペクトにかわって、田舎コンプレックスもリスペクトに変わった。


それはとっても良いことだと思う。


けれど、柔軟性を欠いて行くのは不本意だ。


世の中は何が起こるかわからないから面白かったし、何が起こるかわからないところに平気で飛び込むのに恐れもなかった。


けど、最近俺は真っ直ぐ過ぎやしないか?とふと実家で思った(笑)

一生懸命なのはいいけど、得意のよそ見で友達の興味を掴んでいた(笑)あのころのぐにゃぐにゃの柔軟性。

柔軟性にはいつも新しいアイディアがついてきた。

真っ直ぐ音楽に向き合うことも大事だし、ほっとけばずっとそうしてると思う。

けど、こういう大切なときこそ得意のよそ見を復活させたり、何が起こるかわからない論をいい意味で復活させて、


もっとまわりをみたり、息抜きしたり出来たら、もっと凄いアイディアが出てくる気がした。

反抗期に毎日おんなじことを繰り返すのが嫌だった自分が、気づいてみたら毎日ひたすら音楽に没頭している。

休むのは農家気質で超苦手。
365日間音楽してたい。

結局良くも悪くもだけど、


柔軟性はもっと持とう。
アイディアとユーモアで気楽にいく自分も半分くらい持っとこう(笑)

ほっとけばどうせクソ真面目にやってしまうんだから。

そーいや、中学校のとき、成績がいい=クソ真面目だと思って、真面目コンプレックスにもなったな(笑)

おかげで高校はほとんど勉強を一生懸命やらなかった。今となっては悔やまれる。


まとめると、現在の久保裕行は、

クソ真面目に真っ直ぐ、しかし柔軟性をもち、アイディアとユーモアで生きていく。


これだ。

自分をじっくり見つめる時間がある。
田舎ってすげー。
実家ってすげー。



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