翌日は松山の町を歩いた。松山の町には路面電車がはしり、小高い山の上に松山城があり、とてもきれいな町だった。とくに松山城はうどんとおなじで今まで見たお城のなかで一番きれいなお城だった。小高い山の上に天守閣があるためそこからの眺めもすばらしく、眼下には松山の町が広がり遠くには瀬戸内海の海が一望できた。
松山城の天守閣近くの茶屋で休憩をかねて食事をした。”ぼっちゃん御膳”というじゃこてんうどんに鯛飯がついた料理を注文した。夏目漱石の小説『ぼっちゃん』の舞台が松山ということで松山の至る所で”ぼっちゃん”の文字を目にした。じゃこてんうどんと鯛飯は期待を裏切らずともにとてもおいしいかった。おいしい食事に満足し食後にコーヒーを注文すると、茶屋の学生風の女性は「食後の注文なので、100円引きです」とてもすてきな笑顔だった。松山についたばかりで数人の女性としか接していないが、レンタカー屋さんの女性といい、この茶屋の女性といい、松山城入り口の女性といい、とても明るく笑顔がすてきな女性が多いような気がするが単なる偶然だろうか。
松山でコーヒーがおいしいなどと聞いたことがなかったので、とくに期待せずにコーヒーをひとくちすすると、これまたなんともおいしい。すてきな女性が持ってきてくれたことを差し引いても、おいし過ぎる!とくにコーヒー専門店でもないのにこの味とは。うどんといい、コーヒーといい、それに加えて美しい景色とくれば松山には”参りました”と言うより他にない。
松山の中心からほど近い場所に道後温泉がある。夏目漱石も利用したと言われる大衆浴場の道後温泉本館は宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に出てくる温泉のような古くてとても趣がある木造の建物で多くの観光客が建物の前で記念写真を撮っていた。
道後温泉本館から歩いて2~3分のところに子規記念博物館があったので行ってみた。正岡子規は松山出身で35歳の若さで病で亡くなったそうで、博物館ではその子規の人生を様々な史料とともに学ぶことができるようになっていた。子規の直筆の原稿だったり当時の写真だったりと国語や社会の教科書でならったものとは全く迫力が違い、正岡子規というひとを感じるができた。受験勉強のため、俳句と作者だけを暗記しただけの正岡子規しか知らなかったが、俳句が詠まれたその背景を知りながら彼の俳句を詠むとそのすばらしさを体で学んだような気がした。
松山城の天守閣近くの茶屋で休憩をかねて食事をした。”ぼっちゃん御膳”というじゃこてんうどんに鯛飯がついた料理を注文した。夏目漱石の小説『ぼっちゃん』の舞台が松山ということで松山の至る所で”ぼっちゃん”の文字を目にした。じゃこてんうどんと鯛飯は期待を裏切らずともにとてもおいしいかった。おいしい食事に満足し食後にコーヒーを注文すると、茶屋の学生風の女性は「食後の注文なので、100円引きです」とてもすてきな笑顔だった。松山についたばかりで数人の女性としか接していないが、レンタカー屋さんの女性といい、この茶屋の女性といい、松山城入り口の女性といい、とても明るく笑顔がすてきな女性が多いような気がするが単なる偶然だろうか。
松山でコーヒーがおいしいなどと聞いたことがなかったので、とくに期待せずにコーヒーをひとくちすすると、これまたなんともおいしい。すてきな女性が持ってきてくれたことを差し引いても、おいし過ぎる!とくにコーヒー専門店でもないのにこの味とは。うどんといい、コーヒーといい、それに加えて美しい景色とくれば松山には”参りました”と言うより他にない。
松山の中心からほど近い場所に道後温泉がある。夏目漱石も利用したと言われる大衆浴場の道後温泉本館は宮崎駿の『千と千尋の神隠し』に出てくる温泉のような古くてとても趣がある木造の建物で多くの観光客が建物の前で記念写真を撮っていた。
道後温泉本館から歩いて2~3分のところに子規記念博物館があったので行ってみた。正岡子規は松山出身で35歳の若さで病で亡くなったそうで、博物館ではその子規の人生を様々な史料とともに学ぶことができるようになっていた。子規の直筆の原稿だったり当時の写真だったりと国語や社会の教科書でならったものとは全く迫力が違い、正岡子規というひとを感じるができた。受験勉強のため、俳句と作者だけを暗記しただけの正岡子規しか知らなかったが、俳句が詠まれたその背景を知りながら彼の俳句を詠むとそのすばらしさを体で学んだような気がした。