朝起きて窓の外を眺めるときょうも低い雲が広がっていて、いまにも雨の雫がぽとりと落ちてきそう。そんな朝は爽快な目覚めとはいかず、頭もぼんやりしたまま。そんなときは何も考えず外に出るのが一番だ。久々に近くのカフェにモーニングへ出かけることにした。いつもなのか、こんな朝は皆同じ気持ちなのかわからないが店内は混雑していた。客層はまさに老若男女で、静かに朝食を食べる年配のご夫婦がいたり、そのとなりでは3人の男の子がいる家族が賑やかに朝から大盛りの白飯を食べていたり、ひとりでパソコンに向かっているひとなど、カフェというひとつの空間を様々な人で共有している。お互いに声をかけるわけではないが、そんなカフェという空間がつくりだす空気の中に身を置くことが私は好きだ。
カフェというものは、いまではどこにでもある、ありふれたものとして認識されているが、無かった時代から考えるととても画期的な場所だそうだ。かつて水が安全ではなかった時代、ひとは昼間からアルコールを飲んでいたそうだ。カフェというものができ、昼間からアルコールを飲まず紅茶などを飲むようになった。そして冴えた頭で考えることが可能になったそうだ。またカフェのような場所に、色々な人々が集まり、意見を交換して、新しいアイディアが生まれる場所としてもカフェは機能していた。
新しいアイディアはでないけれど、食事をすること意外に他には何もすることがない空間では、一緒に食べている人との会話も気が散るものがないだけに、日頃ゆっくりと話すことができないことを話すのに、カフェは最適な場所だなと再発見した。思いこせば、以前にも同じようなことを思い、時々カフェを含めての外食の機会を設けることを考えていたのだが、いつの間にか忘れてしまっていた。ほんとうに私は大切だなと思ったことを忘れやすい質だなと感じる。
食事が終わったあとも、コーヒーのおかわりを注文しダラダラをお店に居座っていると、窓の外が明るくなってきたので、食後の散歩がてら近所を歩くこととした。
住宅街を歩いていると可愛らしい赤い花を見つけた。よく見ると花ではないようだ。家に帰ってから調べたのだが、チロリアンランプという原産地ブラジルのアオイ科の植物だそうだ。正式名称は別にあるそうなのだが、チロリアンランプとはうまいネーミングだなと。チロリアンはヨーロッパの中央部、オーストリア・イタリア両国にまたがるチロル地方のという意味で、美しいアルプスと豊かな草原が広がるチロル地方は、メルヘンの世界をイメージさせます。そして色といい形といい、暖かな光をたたえたランプのようです。葉の緑と赤のコントラストが綺麗で、カラーもこれからやってくるクリスマスを連想させてくれます。
ブランコと滑り台があるだけの小さな児童公園に差し掛かると、色づき始めたばかりと見える銀杏があり、黄色になるまでの緑がまだ強くのこっている色もまた素敵だなと思っていると太陽の光が現れた。太陽の光が出てくると寒かった気温がぐっと上がって体感温度がぐっと上がったように感じられる。公園の地面に落ちた落ち葉と秋のやわらかな光でほんのりと映る木の葉の影が綺麗だった。