京都には通りにぽつんと、意外な店があったりする。

寺町のとある骨董品屋で、安くてボロボロだったが、秒針が赤の ハイカラな腕時計を見つけて買った。
しかしリューズは壊れる、ゼンマイはねじ切れる等々、いろいろ直していると
安い時計の一つや二つは買えるくらい費やしてしまった。

こうなると、もう趣味の問題なんだろう。
ボロボロの腕時計をわざわざ修理して使うことに、妙にロマンを感じてしまうのだ。

御所の前の通りにある、とあるアンティーク時計の店に頼んで、修理してもらった。
いつもは通り過ぎていたような、見落としていたのか、見つけた時には
しばらくじいっと店の中の腕時計を覗き込んで、挙動不審な客だったかもしれない。

「気にいっている時計なので、直して使いたいのです」と いうと、そこの主人はたいそう喜んだ顔をした。
このご主人自身がアンティーク腕時計マニアらしく、 そういうスタンスが気に入られたのかもしれない。
よく考えれば、そうでもなければ、わざわざ腕時計のアンティークの店なんかやらないかもしれない。

いろいろとコレクションを見せてもらった。
ローレックスのまさしくアンティークひとそろい。 ミネルバ、IWC、ブレゲ、その他。
値段は、だいたいは新品を買うほどではないが、時々ごっつい値札のついているものもある。
しかもそういうものは、維持費も手ごろな腕時計が一個買えるぐらいかかる。

時計の裏をあけて見せられた。精緻で美しいギミック。
その中で1つの小宇宙が完結しているようだ。
たしかにその世界に魅了される気持ちもわからないではない。
しかも本当によいものというのは、大事に使うとそれに答えてくれていっそう落ち着いた輝きを帯びるらしい。

オトコの唯一のおしゃれと言われる腕時計。
見る人は見ているらしい。
商売柄、手先が汚れるので安物のもんしかつけてこなかったんですが。

「先生~、やっぱり腕時計はいいものをつけなきゃ」と、後輩に言われたことがある。
そいつの腕には、カルティエが光っていた。
そういえばそれに当てられて、ついついIWCのマークXIIを買ったんだった。
というわけで、それをメンテナンスに出しにいった。