以前
三大秘法抄の「日蓮慥かに教主大覚世尊より口決せし相承なり」1595
南条殿御返事「教主釈尊の一大事の秘法霊鷲山にして相伝し、日蓮が肉団の胸中に秘して隠し持てり」1569
これらは「私(日蓮大聖人)が上行菩薩」と読める。
とした。
さらに追加して、
四条金吾殿御返事620
「法華経の一字一句も唱へ、又人にも語り申さんものは教主釈尊の御使ひなり。然れば日蓮賤しき身なれども教主釈尊の勅宣を頂戴して此の国に来たれり」
も上行菩薩とされていると読めなくもないと考えた。ただ、一考の必要あり。
としていた。
今回また追加する。
教行証御書
「已に地涌の大菩薩上行出でさせ給ひぬ」とある。
大聖人御在世の時、「すでに出現している上行菩薩」といえば、日蓮大聖人以外に考えられない。
「抑当世の人々何れの宗々にか本門の本尊・戒壇等を弘通せる。仏滅後二千二百二十余年に一人も候はず。日本人王三十代欽明天皇の御宇に仏法渡って今に七百余年。前代未聞の大法此の国に流布して、月氏・漢土・一閻浮提の内一切衆生仏に成るべき事こそ有り難けれ有り難けれ。又已前の重、末法には教行証の三つ倶に備はれり。例せば正法の如し等云云。已に地涌の大菩薩上行出でさせ給ひぬ、結要の大法亦弘まらせ給ふべし」1110