法華経は経済が発達した西暦50年頃つくられた? | kitani1のブログ

kitani1のブログ

ブログの説明を入力します。

法華経がいつ頃成立したか議論があるようだ。

以前も書いたとこがあるが…。

 

仏教学者?中村元氏は、西暦40年頃としているようだ。

法華経信解品に長者窮子の譬えがあり、そこには金貸し、金利の事が書かれているそうだ。

(「出入息利」だそうだ)

この金貸し・金利等は貨幣経済が発達している証で、それは西暦40年頃としているようだ。

(原文を読んでいない)

 

そのように中村氏が言ったとすると考えが浅いように感じる。

スダッタ長者は祇園精舎をつくるときの逸話に、

気に入った土地は他人のもので、土地に金貨を敷き詰めたら、売ってやろうといわれ、金貨を敷き詰め始めている。

この逸話からは経済は発達していたと考えるべきだろう。

また、この逸話が後につくられたたとえ話とするなら、法華経も同様に後に譬えが付け加えられたと考える事ができる。つまり、中村氏の根拠は、根拠になっていない。

 

釈尊の時代には銀貨は使われていたようだ。金貨が使われていた証拠はないようだが、金貨がなかった、とも言えない。古いことはなかなか分からないものだ。

 

金貸しがあったかどうかだが、これも確かな証拠はないが、あったと考える方が自然だ。

貨幣が流通していて、お金を貸してほしい人物は当然いる。お金を貸す人物もいる。利息を取ることも自然だ。