今日4月25日(書いてる時点では26日やけど25日から俺は起きてるから今日カウントにしといたほうが気持ち的に楽)は福知山線脱線事故の日らしい、周りに被災者が居らんからあの日の事はざっくりとしか覚えてないけども、確か小6の時ぐらいやったかな(不特定多数の人間に年齢特定されるのはわりと嫌)
なんか学校おる時にその事件の話聞いたっけなぁ

たまーにあの辺原付で通るけど別に霊感とか無い(霊感のこの世に存在する説についてはまた次の機会に)からわからんけども、なんか異様な空気感な事は確か、マンションもまだ存在してるし(事故後、工事したのかは謎)変に警備員ずっと立ってるしなんか闇が深い感じがする(当たり前)

よくニュースである、車は大破したのに乗ってる人は軽症とか、1人だけ助かったとかいう記事を見ると死ぬタイミングって決まってんのかなぁって思うわけよ
逆にそれで死ぬ?って言う出来事とかしょうもない理由で無差別に殺される人達を見ると運命というものは存在するんかなと思うなぁ

ただその死ぬタイミングってのはみんなわからんからこそ今日楽しまないと死んだ時に困るんやね
だからこそ全部の事をYESという事は大事で、嫌な事は別に無理してやらんでええけど、やろうか迷う事はさっさとやっちまったほうがいい
これに関してはジムキャリー主演のYESマンを見てくれればそれだけで多少なりとも生き方が変わるはず

いつも言うけど、ゲームみたいに死んでもコンティニューボタンは存在せえへんからやりたい事(捕まる事はアウト)やって死んだほうがマシ、だからこそ最短でやりたい事をやろう