季節外れの大雪で遭難という話はたまにある
それが中国は「万里の長城」だから驚いた
亡くなった人がいたのは痛ましい
 
初めて中国に行ったのは1986
北京空港の建物に入ると、ニンニク臭かったのを覚えている
空港の建物は鉄筋コンクリートのビルだが、内装は木造という感じだった
 
空港から市内に通じる道は片側1車線で、柳の並木が続いており、時折、ロバの馬車?が通った
トラックより多い荷物を積んだ雑技団のような、リアカーつき自転車もあった
今の何車線もある高速とは大違いだ
 
車は黒い国産の紅旗が走っている程度で、あとはバスだ
それもエアコンがないから、窓は全開
もちろん、すし詰め乗車である
いや、ほとんどの人民は黒い頑丈そうな自転車だった
 
その自転車の洪水が毎朝、道路いっぱいに押し寄せる
地方のホテルの窓から見ていたが、窓には急ごしらえの日立のエアコンがついていた
 
そんな時代でも、北京市内から一番近い「八達嶺」の万里の長城は、重要な観光スポットだった
初めて行った時は、その急坂のすさまじさとともに、ついに来たという感激でいっぱいだった
 
中国人は二眼レフやコンパクトカメラを持っていた
こちらは望遠レンズ付きの一眼レフだから、やたらとじろじろ見られた
カメラに興味があるらしい
 
そんな万里の長城の上に、写真屋のおばあさんがいた
インスタントカメラを持って、外国人などに声を掛け撮影していた
こちらは頼まなかったから、料金がいくらするのかは忘れた
 
それから10年後、また中国に渡った
今度は八達嶺とは別の、普段は行けない万里の長城のポイントに行く予定だったが、変更になって、また八達嶺に来た
ラクダがいて、これまた乗ったり写真を撮ったりすることで商売になっていた
 
ということで、観光地としての万里の長城しか行ったことがない
だから、今回の遭難がどんなところで起こったのかはよく分からない
ただ、敵を寄せ付けないため山に築いた防壁だから、へき地であることは間違いない
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3回目に中国に行ったのは、また10年後だった
北京は空港に下りただけで、四川省の成都に向かった
12月の峨眉山に上がった
 
標高は3099メートル
頂上までロープウエーで行ける
イメージ 2
 
12月というのに、雪はほとんど見られず、とりたてて寒くもなかった
緯度的には、種子島ほどだったと思う
 
中国は広い
そして、日中関係が厳しい中でも、中高年の一部の人たちにとって、あこがれの国であることは間違いない
シルクロードの甘い響きとともに、山海関から西へ果てしなく続く万里の長城はロマンだ
 
それだけに、今回の遭難は、夢と現実の重さを痛感させられたのである
 
 
(写真は峨眉山頂上と、そこの寺院の近くにあった恋愛成就のまじないと思われるおびただしい数の錠前)