東北出張から帰った
ここまで来たからには―と、被災地に足を運んで祈りを捧げた
宮城県南三陸町
あの防災対策庁舎が赤い鉄骨だけを残して立っていた
若い女性職員が、最後まで避難を呼びかける放送をして殉職した
テレビで目にした、あの建物だ
知識としてはメディアを通じて知っていただが、そこには痛いほどの現実がある
ポリバケツに入れられた多くの花々、そして、千羽鶴
ひっきりなしに、バスやマイカーで人が訪れ、手を合わせていく
あの日、何があったのか想像は出来る
しかし、想像以上のものがあったのは間違いない
線香1本、供えた
青空が、なぜかとても悲しい
あの一帯は、建物の基礎だけを残して「街」が消えていた
むしろ、何もなければ人々の記憶から早く消えていくのかもしれない
だが、残された基礎と、窓ガラスが
サッシごと破壊されたビル、山の樹木が下の方だけ枯れている現状は、胸を絞り上げる
サッシごと破壊されたビル、山の樹木が下の方だけ枯れている現状は、胸を絞り上げる近くで、「南三陸さんさん商店街」という仮設の商店街が出来ていた
あいにく、食事を済ませて来たばかりだったが、ソフトク
リームならと食べた
リームならと食べたその程度の協力では、復興の足しにもならない
しかし、人なら誰しもが何かの足しになろうとする
そうした心がある限り、日本は大丈夫だ
多くの人に被災地を訪れてほしいと願う