35年前の脱獄
広島刑務所から殺人未遂などで収容されていた受刑者が脱走して、大きなニュースになっている
近隣住民はさぞかし恐ろしい思いをしていることだろう
 
昼のワイドショーで、元刑務官が「日本の刑務所では脱走は起きないものと思っていたから驚きだ」みたいなコメントをしていた
こちらがびっくりである
 
今から約35年前、富山刑務所から殺人犯が脱走した
夜のことである
警察回りの新聞記者だったボクは、先輩らとともにすぐに刑務所へ
闇の中で高い塀がそびえ立っていた
 
新聞社やテレビ局の無線が飛び交い、こちらの無線が入りにくい
おそらく、マスコミに割り当ての周波数が似たような帯域ばかりだったからかもしれない
 
詳細は忘れたが、とにかく刑務所近くの家々を回って、無事を確認するとともに、脱走犯の行方を追って東奔西走した
 
そのとき、某新聞社のジープが猛スピードで走っていった
あとから分かったが、当時は警察無線もアナログで、その社は傍受していた
身柄を確保したという無線を聞いて、すっ飛んで行ったのだった
こちらが、ようやく、現場に行ったころには、その社の記者はジープの窓から顔を出して「撮ったぜ」と誇らしげに言った
 
身柄確保の模様を撮影できたに違いない
もう、後の祭りである
 
それでも、身柄を確保したに違いないパトカーを追いかけようと、チャーターしたタクシーで必死に探した
すると、遠くにパトカーの赤色灯と思われる点滅を発見した
猛然と追いかけた
 
ようやく追いついたら、覆面パトカーの護送車は、白黒パトカー2台に挟まれて走っている
その後ろにもタクシーが1台
護送車の車内を撮るには、それらを追い越さないといけない
しかし、刑務所へ向かう道は片側1車線で、中央に追い越し禁止の黄色い線が書いてある
 
「追い越してくれ」
タクシーの運転手に、そう言ったが、黄線を無視してパトカーを追い越すことなど簡単に出来ない
運転手が、ためらっていたら、前方のタクシーがいきなり追い越しを掛けた
 
そして助手席からライト、後部座席からテレビカメラが出た
NHKだった
パトカーから警察官の怒号が聞こえた
すぐに、減速して元の車線に戻った
 
こちらのタクシー運転手も、他のタクシーがやったのをみて、ようやく追い越す決心がついたのだろう
前から車が来ないすきに、ぐーっと出た
また、警察官のどなり声が聞こえた
カメラマンが数枚シャッターを切った
 
光のなかに、脱走犯の手錠が光ったのと、こちらを見てニヤリと笑った目が浮かんだ
 
チャンスは1回だけだったが、撮れた
 
刑務所に到着した時、マスコミだけで黒山の人だかりになっていた
騒然とした中で、民放のテレビカメラが壊れた
激しい現場だった
 
なにはともあれ、脱走に伴う被害がなかったことが幸いだった
 
翌日、身柄確保現場を撮ったと言っていた某社の新聞に、その写真はなかった
撮影に失敗したことは、あとから聞いた