きのう、トロッコ電車に乗ってきた
 営業運転していない工事用のトロッコである
 
 北アルプス・立山連峰はアルペンルートで有名だが、そんな美しい立山とは違う顔も持ち合わせている
 江戸時代末期の安政年間の飛越大地震
つまり、飛騨と富山を襲った地震で、山が崩れた
その大量の土砂が、かつて噴火した立山のカルデラ内に堆積し、徐々に流れ出しているのだ
荒涼たる崩壊地「知られざるもうひとつの立山」と言っている
 
そんな未知の世界へ連れて行ってくれるのが、国土交通省の「立山砂防工事専用軌道」というトロッコ電車。工事専用とはいえ、「見学会」という形で乗車できる。その抽選に当たったのである
 
イメージ 1  富山平野から見ると、立山の右側に大きなすり鉢状のくぼ地がある。約10万年前の噴火の名残と言われる立山カルデラだ
 
安政5年、大地震が起きて鳶山が崩壊、大量の土砂がこのくぼ地に堆積した。万一、すべてが流れ出すと富山平野を2mの高さで覆うと言われている。それを防止するために明治時代から百年間も砂防工事が行われているのだ
 
トロッコは大正15年に着工、昭和6年に千寿ケ原-白岩間全線約18㎞が完成した。途中の急勾配はインクライン(ケーブルカー)だったが、戦時中の工事中断の間にインクラインは土砂崩れで使えなくなり、しばらくはワイヤーを張った索道で物資を運んでいた
 
昭和40年、その区間の標高差200mを18段のスイッチバックで登るというトロッコの軌道工事が完成し、現在の形になった
イメージ 2 
トロッコはいま、国交省立山砂防事務所があるふもとの 立山町 千寿ケ原と砂防の前線基地・水谷平との間を1時間45分で結ぶ。ゲージ(軌間)は黒部峡谷鉄道よりさらに狭い610㎜。客車は3人掛けのベンチシートが3列の9人乗りだ。それを3両つないで定員は27人。制限速度は15kmである
 
スイッチバックを繰り返す地点では、対岸の風景も行ったり来たりとなるが、次第に高度を上げていることが分かる
 
あいにく、終点の水谷平に着くころは曇り空となり、ついには大粒の雨が。それでも、カルデラでは荒涼とした風景が広がっているのが確認できる
 
 これまでにも取材で数回乗車した。今回は「見学会」という一般参加。熟年の夫婦や、小学生も参加していた。国土交通省立山砂防工事事務所のOBらボランティアが案内役である。説明は、とつとつとしているが、その熱意は十分伝わった。それは人知れず山奥で戦い続けた誇りから来るものであろうことは容易に想像できた