新聞社時代の大先輩の葬儀に行ってきた
大正15年生まれの享年84歳だったという
わが家から車で5分もかからない、水橋のお宅は旧家で、蔵には「お宝」が無造作に置いてあると言われた
古い屋敷のありさまは、週刊新潮のグラビアを飾ったこともある
父親は早稲田大学の名誉教授だった
こういうのを一言で表すとしたら「毛並みのいい人」と言うのだろう
確かに顔立ちもお公家さんのようだったし、物の表現も普通の人とは違って、しゃれが効いて面白かった
記者クラブにいるボクに、「大島屋ですがー」と、偽名で電話を掛けてくることもよくあった
しかし、のちに、それは屋号であることが分かった
本人は一度もそれを明かさなかった
才能があふれ、「こぼれだしていた」と言った方がいいかもしれない
次に何を指摘されるのか、若干怖い感じもしていた
でも、対外的には、若いボクをいつもかばってくれた
実に温かかった
平成17年からアルツハイマー病と闘っていたという
家族の大変さを思う
そして、どんな人にも「終わり」がくることを痛感させられる
だから、生きている今、元気な今というものを、何に使うかをあらためて考えさせられるのだ
旧家の葬儀にしては、会場も祭壇も遺影も小ぢんまりとしていた
弔辞もなく、淡々と式は終わった
それがまた、ボクには「すごい」と思わせた
「さらばじゃ!」と、ひょうひょうと言っているような気がしてならないのだ
ならば、簡単にお礼を言うのが、一番ふさわしいのかもしれない
「尾島さん、ありがとうございました」