仙台からの帰り道のこと
いつもと同じ東北道―磐越道―北陸道では味気がない
そこで、菅生サービスエリアで満タンにしてから、山形道に入った
 
ずっと昔に通ったことがあるが、風景はすっかり忘れていた
山々がこんなに美しいとは思っていなかった
すぐ近くの山にも、雪がまだ残っている
 
60キロも走らないうちに山形に着く
仙台からとても近いのを実感した
 
目指すは山寺、「立石寺」だ
以前、来たことがあるが、これまた忘れてしまっていたので再訪というわけだ
 
イメージ 1 ボクの生まれた家が滑川の旧北陸街道に面しており、松尾芭蕉が「おくのほそ道」で通ったところである
だから、芭蕉の足跡には若干の興味がある
 
もちろん、「閑かさや 岩にしみ入 蝉の声」の句も大好きだ
セミのわんわんと啼く声を、岩に沁み入るとしたことで、逆に山寺の静かさを表現した
よく教科書にある言い方だが、まさに情景が目に浮かび、耳に聞こえるのがすごい
江戸趣味のボクとしては、芭蕉がそんな発想を得た寺で少しでもあやかりたいというわけだ
 
ところが、山寺周辺は駐車する車の争奪戦である
1日500円、つまり、一回500円で統一されているが、食堂などは一定金額以上の注文をすると、無料になるようだ
江戸情緒も何もないが、仕方がない
一番奥まったところの駐車場に入れ、おじさんに千円札を渡してお釣りをもらった
「そこの石段から上るんだよ」と教えられ、これまた記憶がないまま上がり始めた
 イメージ 2
そして、本堂のそばで案内板を見て、驚いた
「貞観2年(860)開山」とある
この数か月前に来たなら、それほどの感慨はなかっただろう
しかし、東日本大震災が起き、1100年前の「貞観大地震」「貞観大津波」と同じものが再び発生した、と盛んに言われるようになった
つまり、山寺が開山して9年後の貞観11年(869)に、今と同じような大地震があったことになるからだ
 
思いをめぐらしながら、息を切らしてどんどん上に上っていく
切り立った岩にへばりつくように建てられた五大堂から外を眺めると、眼下に今いた町が一望できる
奥の院まで行ってきたが、山寺はウグイスがしきりに啼いて、平和そのものだった
 
「鶯の 声響き入る 山の寺」
まったく、下手である