共同通信社が発行する週刊雑誌「Kyoudoweekly」(共同ウイークリー)に、『漂民次郎吉―太平洋を越えた北前船の男たち』の書評が掲載された。628日号である
 
イメージ 1この雑誌の書評欄は3ページあって、計8本の書評が掲載されるが、『次郎吉』は1ページをまるまる使って紹介された。破格の扱いであり、他の立派な本の著者にはひどく申し訳なく思う
 
同様の記事は、共同通信の「政経週報」にも掲載されている。こちらは各県ごとに組織されている政経懇話会会員に配られるものだ。政経懇話会は、それぞれの地元新聞が事務局をつくり、政治・経済・文化など各界の人々に毎月の講演会や、情報誌の提供で、最新の国内外情勢を伝えている
 
それだけに、歴史ものの書評とはいえ、導入部は政治の話からであった。書かれた人は、大平正芳氏をはじめ何代もの首相を取材した共同通信社の元論説副委員長である。さすがに手慣れた小気味よいタッチなのは、私が言うまでもない
 
イメージ 2なによりうれしいのは、著者の意図する狙いを読みとっての書評であることだ。それは見出しの「現代に輝く不屈の生きざま」とされている点からもうかがえる
 
歴史ドキュメンタリーとして書いたものの、もうひとつのこちらの意図は「危機的な状況にあって、人はどう生きるべきか」をテーマに、「むしろ、飛び込んで行ってこそ道が開けるのではないか」であった
 
次郎吉は、驚くほどの好奇心を持って、眼の色、髪の色、言葉の違う大男たちの中に、積極的に入って行った。おかげで、英語、ロシア語、広東語、ハワイ語など短期間でかなりの言葉を覚え、日常会話には不自由がなくなる
 
また、無邪気とさえ思えるような積極性によって、異人たちにかわいがられる。懐に飛び込んでくる者をいとしく思うのは、洋の東西を問わないからだ
 
同時に、次郎吉たちは漂民という立場でありながら、日本人としての誇りも失わなかった。おそらく、鎖国下の民として、異国に来るまでは自分たちが日本人であるという意識さえなかったはずなのに、だ。
 
こうした、いくつかの点は現代人が失ってしまった大事な要素であろうと思い、本の中で強調した。それを踏まえての書評だったから、嬉しかったのである
 
多くの人の意識の中に、これらのことが少しでも残れば幸いだと思っている