拙著「漂民次郎吉―太平洋を越えた北前船の男たち」が、富山県教育委員会の「すすめたい ふるさと とやま100冊の本」に選ばれた
 
もともと、越中富山の知られざる歴史を世に広めたいーとの思いで書いたものだが、こうして、漂民たちの地元で取り上げてもらうことは、とてもうれしい
 
イメージ 1あらためて概要を書いておく
越中の北前船「長者丸」が、天保9年(1838)に出港後、太平洋上で5カ月間漂流し、アメリカの捕鯨船に救助される。その後、ハワイ、カムチャツカ、オホーツク、アラスカと異国暮らしを強いられ、5年後に帰還した話だ
 
彼らは、鎖国下の日本に、「アメリカ大陸では、運河を掘って大洋を結ぼうとしている(パナマ運河建設計画)」と、異国の想像を絶する強大な力を初めて伝えた。これが、のちの開国につながっていくことは容易に想像できる。しかし、帰国当時は幕末までに若干の時間があったため、彼らは重用されるどころか、ひっそりと歴史の闇に埋もれた
 
ここが、ジョン万次郎や播磨のジョセフ・ヒコら、幕末から明治に活躍した漂民とは違うところだ。
 
長者丸の秘史を調べた研究書は過去にあった。しかし、一般に知られることはなかったので、力不足ながらもドキュメンタリー化したというわけだ。ある意味、ドラマ仕立てにしないと出版も難しいし、広く読んでもらうというのも難しいのである
 
表題の次郎吉について、別れた女房への思いを創作し、「なんとしても生き抜いて帰国をー」と願う原動力になったように描いた。これが転々と異国をたらい回しされる物語のなかで、通しのバックボーンにしたのだ。強いて言えば、それ以外は事実をもとにしていると言っていい
 
漂民たちが見た19世紀の諸外国の状況を克明に描いたのも、ドキュメンタリーとして、興味を持って読んでもらいたいからだ
 
おかげさまで、熊本日日新聞のように「読む者をぐいぐいと引き込んでいく」と、過分な紹介記事を書いていただいたところもある
 
次郎吉は長者丸乗組員の一人だが、驚くほどの好奇心で異国の人々と交わり、英語やハワイ語、ロシア語、広東語などを覚え、情報を仕入れた。その姿に、苦難にあっても生き抜くヒントがある。現代にも通じる生き方だと思ってもらえれば、所期の目的をかなり達成したことになる
 
「ふるさと とやま100冊の本」は、ノーベル化学賞受賞者の田中耕一さんの物語や「剱岳 点の記」(新田次郎)、「蛍川」(宮本輝)、「高熱隧道」(吉村昭)、「史伝 佐々成政」(遠藤和子)など、名著・好著ばかりである
 
そこに拙著が顔を出すのは気恥ずかしいが、少しでも先人たちの歴史に理解が深まれば、これに越したことはない
 
今年は国民読書年。勝手につけたキャッチフレーズがある。「土佐は龍馬とジョン万次郎、越中は次郎吉!」である。