アホの知恵はあとから出るという
物事が終わってから、「ああ、そうだ、こうすればよかったんだ」と思うことだ

「漂民 次郎吉」の初校ゲラを昨日返送しても、なお、いろいろ調べていた
その中で、最初から気になっていたことがあった

日本の領土である択捉島に、ロシア船で返された次郎吉たち
そこから松前藩の役人に引き連れられ、蝦夷島(北海道)を経て、奥州路を南下し江戸に送られる

その行程(宿泊地)を現在の地名と対照して、すべて確認してから原稿にしていた
しかし、一箇所だけ分からないところがあり、そのままにしていたのである

「一関-荒屋-川支-吉岡-長町」と仙台領が続くが、その「川支」が分からない
時規物語では「荒屋で二泊、川支で逗留」となっている

これらルートを調べるときには一日に30-40キロ程度歩くものとして、地図上で追いかけていた
ところが、川支は余計なのである
荒屋から吉岡まで1日で十分行けるからだ

結局、どこかの温泉かとも思い、いろいろ調べたが、やはり分からない
もう数年前からの問題だった

それが今朝になって、ふと分かった
「川支は川止め」のことであると
つまり、川止めに遭ったので、荒屋で二泊したのである

江戸への護送中に温泉で逗留するわけもない
謎がとけてみれば、どうってことはない

こちらは学者でもない
いやはや、アホの知恵は後から出る

間違いのまま、本にならなくて、胸をなでおろしている