

いったん、バス停に戻り、案内看板に従って歩き始める
車が入れないほどの、のどかな道を行く
あとで気付いたら「美しい近道」と書かれた看板もあった
田舎道だが、そのセンスが素晴らしい
ゆっくり歩いて約15分
見事な石段の参道が現れた
寂光院は聖徳太子が開創した天台宗の尼寺だが、残念なことに2000年5月に全焼している
それでも庭の美しさや、平清盛の娘で安徳天皇の母である建礼門院徳子が終生を過ごした地であることにひかれる人は多い
本堂の火災に伴って樹齢千年の姫小松も枯死した
今は幹だけが残る
たが、心字池など庭の風情は平家物語当時のままだという
ベンチに腰をおろし、のんびりと眺めていたら、庭の手入れをしていた、おじいさん二人の会話が聞こえてきた
「日本と外国では労働というものの考え方が違うんや」
「どう違う?」
「外国ではな、労働は罰や」
「ん?」
「つまりな、仕方なく、やらされるものや。だから、出来るだけ働きたくない。これに対して日本では労働は、感謝や」
「ほー、なるほどなぁ」
姿はよく見えないが、すぐ近くで話しているのでくっきりとわかる
ただ、京都弁は不案内だから、この通りの言葉かどうかは覚えがない
こんな感じだったということである
古い歴史のただなかで、日本人の感性が育まれてきたことだけは確かだ