

阪神大震災のときも、連日の報道がそうだった
自分や家族が、がれきの下にいることを想像すると恐ろしい
チベット問題で、中国との関係は悪化している
だが、これは日中間の長い歴史の中では一瞬のことなのだろう
長い目で見れば、仲良くしなければいけない隣国であることに違いはない
早急な援助が必要だ
その中国に初めて行ったのは、1980年代だった
北京空港から市内までの道にはロバの馬車もいたし、多くの人が人民服と人民帽だった
頑丈な黒の自転車が町を埋めていた
その後、急速に発展し、町には黄色やオレンジ色のタクシーが走るようになり、高層ビルも建ち始めた
まるで昔の日本と今の日本が同じ時代にあるような錯覚も覚えた
四川省に行ったのは、2004年12月である
省都の成都は大都会だった
人口は1000万人。驚いたのは広い道だと片側で6―8車線ある
高速道路は3車線で130キロ制限
ビル群は近代的だが、なぜか安直さも感じた
見た目はガラスを多用したりして素晴らしいが、何かが薄っぺらいのだ
急速な経済発展を象徴するかのように、あっという間に出来たビル群のような感じを受ける
それが崩れた
震源地は約100キロ北の汶川県だという
テレビでも、なかなかその映像はない
交通寸断で、まだメディアが入れないという
そこで、ほぼ中間地点の都江堰(とこうえん)の映像を出している
ここも、がれきの山だ
成都に行った時に、この場所を訪れたことがある
上の写真がそれだ
世界遺産の都江堰は、治水事業の名前でもある
ただし、紀元前256年に完成した事業であり、今も役目を果たしているという代物だ
秦が楚を攻めるとき、成都に軍用物資を運ばなくてはならない
だが、成都には船で輸送できるだけの大きな川がない
そこで岷江の分水工事をして、流れを引いたのが都江堰だ
戦国時代から2300年、今に至るまで治水に役立っているという
紀元前の施設は今に残り、数十年で近代化をしたものが崩れる
そこに、中国の人々の考え方が昔と変わってきたと見るのは思い込みだろうか―