さて、金六探しの道が外れたが、その後、新潟県岩船郡朝日村の縄文の里・朝日の富樫さんから電話をいただいた
「やはり、こちらの早稲田ではないようで―。ただ、山形県の温海(あつみ)町(2005,10,1に合併で鶴岡市に)には、かつて早田村というのがありました。こちらは海にも近いですし、可能性があるのではないですか。なにより、山形県とはいえ新潟県との県境ですから、かつて越後だったかもしれませんよ」
富樫さんの専門は縄文であり、江戸時代のことを聞くのは筋違いである。さらに日々の業務が忙しいのに早稲田地区で古老たちに聞いてもらったことに、ひどく恐縮した
しかし、これで手がかりは出来た
電話をいただいたのが金曜の5時半を過ぎていたので、これから鶴岡市温海庁舎に尋ねるわけにもいかない
で、地図を見ると「早田」という地区がある。早田の御葉付イチョウなる天然記念物もあるようだ。
越後の朝日村が山の村だったのに対し、温海は日本海に面している
いかにも船乗りが出そうなところである
そして、まさに新潟県境だ
鼠ケ関(ねずがせき)というところの枝村として早田村があったようだ
それも読み方は「早田村(わさたむら)」という
ただし、どうみても庄内藩であり、一度も越後になったことがないようだ
月曜日を待って、温海庁舎教育課に電話をした
経緯を述べて調べてもらったが、後日、返答が来た
「やはり、新潟の朝日村ではないでしょうか。こちらは一度も越後になったことはないですから」
これで、振り出しである
やはり、慶長国絵図にあったごとく、「わさ田村」が早稲田になったとしか思えない
時規物語には、蝦夷や本州の地名がたくさん出てくる
それらが間違っていないのだから、やはり金六は「下越後岩船郡早田村」なのだろう
そこで、「漂民 次郎吉」では、金六の出身地を「下越後岩船郡早田村」(現・村上市=岩船郡早田村は2008、4月合併)と思われる、とした
これまた蛇足を承知で言えば、「また合併」である
地名も歴史も伝統も消えゆく運命―と思うのは、私ひとりではないだろう
「やはり、こちらの早稲田ではないようで―。ただ、山形県の温海(あつみ)町(2005,10,1に合併で鶴岡市に)には、かつて早田村というのがありました。こちらは海にも近いですし、可能性があるのではないですか。なにより、山形県とはいえ新潟県との県境ですから、かつて越後だったかもしれませんよ」
富樫さんの専門は縄文であり、江戸時代のことを聞くのは筋違いである。さらに日々の業務が忙しいのに早稲田地区で古老たちに聞いてもらったことに、ひどく恐縮した
しかし、これで手がかりは出来た
電話をいただいたのが金曜の5時半を過ぎていたので、これから鶴岡市温海庁舎に尋ねるわけにもいかない
で、地図を見ると「早田」という地区がある。早田の御葉付イチョウなる天然記念物もあるようだ。
越後の朝日村が山の村だったのに対し、温海は日本海に面している
いかにも船乗りが出そうなところである
そして、まさに新潟県境だ
鼠ケ関(ねずがせき)というところの枝村として早田村があったようだ
それも読み方は「早田村(わさたむら)」という
ただし、どうみても庄内藩であり、一度も越後になったことがないようだ
月曜日を待って、温海庁舎教育課に電話をした
経緯を述べて調べてもらったが、後日、返答が来た
「やはり、新潟の朝日村ではないでしょうか。こちらは一度も越後になったことはないですから」
これで、振り出しである
やはり、慶長国絵図にあったごとく、「わさ田村」が早稲田になったとしか思えない
時規物語には、蝦夷や本州の地名がたくさん出てくる
それらが間違っていないのだから、やはり金六は「下越後岩船郡早田村」なのだろう
そこで、「漂民 次郎吉」では、金六の出身地を「下越後岩船郡早田村」(現・村上市=岩船郡早田村は2008、4月合併)と思われる、とした
これまた蛇足を承知で言えば、「また合併」である
地名も歴史も伝統も消えゆく運命―と思うのは、私ひとりではないだろう