一昨日、フジの花のことを書いたら、変なことを思い出した
漢字で書くと「藤」だが、これを新聞業界では「さがりふじ」と称した
今のように地球の裏側から記事も写真も一瞬にしてとどく時代ではない
ファクスも普及しておらず、急ぎの原稿は記者が現地から公衆電話などで吹き込むのが当たり前だった
だから、新聞社には原稿を筆記する速記者がいた
速記者が電話口に出ると、原稿を取ってもらうのは実に早い
ただ、人名など固有名詞は字を説明しなくてはならない
そこで字を分解するという意味の「字解」をする
冒頭の藤などがそれだ
たとえば「藤原」なら「さがりふじに、原っぱのはら」
「藤井」なら「さがりふじに、井戸のい」
いかにも垂れ下がっている藤をほうふつとさせるだろう
これで、「富士」「不二」などと区別する
「さかい」という人名も書き方がいくつかある
「飲む酒の井戸のい」であったり、「のぼる坂の井戸のい」であったり、「県境のさかい一字」「県境のさかいに井戸のい」であったりする
「大阪の堺」という言い方もある
こうした時代、細心の注意を促す言葉として、「白いもん(もの)に黒いもん(もの)」と言った
紙に、消えない黒い文字を載せているし、間違えるとそのまま永遠に残るという戒めだ
そこまでしていても、やはり間違いはある
もう謝るしかない
最近、テレビを見ていると、人の発言がやたらとテロップで出る
これまた、驚くほど間違えている
一つの番組で、2つ3つあるのは当たり前になっている
変換ミスもあれば、常識を知らないためのミスもある
知的水準の高い人たちが番組を作っているのに、チェックする態勢はどうなっているのだろう
新聞はミスをすると永久に残るが、テレビは1秒後に消えてしまうから安直なのか
そうとしか考えられないのである
漢字で書くと「藤」だが、これを新聞業界では「さがりふじ」と称した
今のように地球の裏側から記事も写真も一瞬にしてとどく時代ではない
ファクスも普及しておらず、急ぎの原稿は記者が現地から公衆電話などで吹き込むのが当たり前だった
だから、新聞社には原稿を筆記する速記者がいた
速記者が電話口に出ると、原稿を取ってもらうのは実に早い
ただ、人名など固有名詞は字を説明しなくてはならない
そこで字を分解するという意味の「字解」をする
冒頭の藤などがそれだ
たとえば「藤原」なら「さがりふじに、原っぱのはら」
「藤井」なら「さがりふじに、井戸のい」
いかにも垂れ下がっている藤をほうふつとさせるだろう
これで、「富士」「不二」などと区別する
「さかい」という人名も書き方がいくつかある
「飲む酒の井戸のい」であったり、「のぼる坂の井戸のい」であったり、「県境のさかい一字」「県境のさかいに井戸のい」であったりする
「大阪の堺」という言い方もある
こうした時代、細心の注意を促す言葉として、「白いもん(もの)に黒いもん(もの)」と言った
紙に、消えない黒い文字を載せているし、間違えるとそのまま永遠に残るという戒めだ
そこまでしていても、やはり間違いはある
もう謝るしかない
最近、テレビを見ていると、人の発言がやたらとテロップで出る
これまた、驚くほど間違えている
一つの番組で、2つ3つあるのは当たり前になっている
変換ミスもあれば、常識を知らないためのミスもある
知的水準の高い人たちが番組を作っているのに、チェックする態勢はどうなっているのだろう
新聞はミスをすると永久に残るが、テレビは1秒後に消えてしまうから安直なのか
そうとしか考えられないのである