

土曜日は日帰りで京都へ
と言っても観光ではない
大学生の息子の顔を見に行った
午前8時ごろに車で出発して北陸道をひた走り、着いたのが正午過ぎ
昼ごはんを一緒に食べたり、服を買ってやったりし、午後5時には向こうを出た
北陸道は行き帰りとも、時折激しい雨に見舞われた
京都とはいえ、何も京都らしいものは見ていない
だから、写真も撮らず仕舞いである
こういうところは、ただの風来坊として訪れたい場所と心から思った
翌日曜日は朝から廃品回収である
一番下の娘が通う中学校の催しだ
これまた土砂降りの中を濡れながら回収した
3年生たちが、学校で新聞紙などをトラックに積み込む手伝いをしている
帰って一服する間もなく、礼服に着替えて魚津市の親戚の法事に出かけた
親戚と言っても、11年前に亡くなった父親の実家であり寺である
だから、その家の先代住職と坊守の法要が午前中あり、午後からは親鸞上人、蓮如上人の法要となる
さらに、庫裏の落慶法要も兼ねていた
お寺さんも大勢詰めかけ、午前、午後とも声明が続いた
20数人による男声合唱団のような響きであり、荘厳そのものだ
熱心な門徒らが本堂に居並び、聞きなれたお経になると自分たちも唱えていた
稚児行列も繰り出して164人の稚児が正装した夫婦らに抱かれ、手を引かれ御堂を回った
きらびやかで、あでやかである
ご他聞に漏れず、少子化だけでなく過疎化も進んでいる
なのに、よくもこれだけの参加があったものだと感心させられる
行列をしながら、うれしそうにカメラやビデオに収める若い夫婦ら
わが子の健やかな成長を祈って参加したのだろうか
半世紀以上生きてきて、この親戚の大規模な法要は過去に3度経験した
最初は中学生のときだった
京都から招かれた導師が、当時は舗装されていなかった道を青っぽいキャデラックのような大型の外車で到着されたような記憶がある
ボクのような田舎の少年にとっては、大変な驚きだったから今でも印象に残っているのだろう
確か、当時の皇太子、今の天皇のいとこに当たる方と聞いた
親戚一同、お目見えがあるというので、控えており、襖が両方からすっと開けられると、一同が頭を下げる
すると、襖がすっと閉まるというもので、顔を拝む間もない
とはいえ、その後は普通にお勤めをされ、外を回られるときは赤色の大きなオンバ日傘を差しかけられるものの、普通である
お目見えは「儀式」なのだ
そのときから40年はたった
声明を聞いていて、時の流れを思う
すべては変わる
だが、声明の響きも、親たちに抱かれた稚児たちの姿も変わらない
人が変わるのだ
今日を生き、明日を生きる
そして、どう生きるか
問われているのは、それだけだ