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きのうのことである
天気がいいので、人並みにゴールデンウイークを過ごしたいと考えた
もちろん、気軽で安上がりのスクーターで出発する小さな旅を目指す
行き先は輪島・門前方面と決めた

あの能登半島地震で大きな被害のあったところだ
中越地震のとき物見遊山で被災地に来る人がいて批判を浴びたこともあり、これまで遠慮していた部分もあったが、あちこちの電光道路標示で「輪島、珠洲 観光地通行可」と出ている
さらに、テレビでは温泉街の女将たちや石川県知事が「ぜひ来てほしい」とPRしている
なにしろ、能登は観光地である
風評被害を抑え、人々に来てもらわないと成り立たない
勝手にそう解釈して、出かけることにしたのだ

あの地震では当地・富山県も大きく揺れた
震度5弱なんて初めての経験だ
だから、震源に近い輪島は、いかばかりのものかと思ってしまう
能登は天平の昔、越中に併合されていたこともあり、無関心ではいられない

とはいえ、隣県でありながら気軽には行けない
能登半島は実に大きいのである
学生時代に車で一周をしたときに、自宅からの走行距離は450キロぐらいだったと思う
当地から東京へ行く距離とほぼ同じなのである
もちろん、輪島へ行くだけならそれよりも短いが、それにしてもちょっと気合がいる

朝9時
自宅を出発して国道8号バイパスをひたすら西へ走った
高岡から北上し、氷見の美しい海岸線を走りぬけ、七尾へ
この日までに、全部のホテル・旅館が営業を再開した和倉温泉に立ち寄る
さすがに観光客は多そうだ

そこから能登有料道路に入り、一気に輪島を目指す
この自動車専用道はあちこちで被害があったが、今は支障なく通行が出来るようだ
途中、100円と310円の通行料金を払った
最初の料金所で、係りのおじさんが「富山から? これ、何cc?」と聞いてきた
ナンバーも見てないのに、言葉で分かるのだろう

道路は、8カ所で「迂回路」と書いてあったが、崩落した道の脇に新たな道路を造って車を通しているだけで、「迂回」という感覚はない
少し、カーブがきつくなるだけである
そんな道路わきには「頑張っています能登半島」と一文字ずつ書かれた看板がいくつか掲げられていた
横断幕にもそう書いてある

輪島に着いて、道の駅で一服した後、周囲を走ってみたが、それほどの被害はなさそうだ
海岸へ行き、水平線を眺める
なにしろ、地元で毎日のように海を見ているが、富山からだと対岸は能登半島
ここなら、水平線の彼方に何も見えなくても、向こう岸は間違いなく大陸である

リアカーをひいた行商のおばちゃんがいた
イメージではおばあちゃんが魚を行商しているというものだが、おばちゃんだった
それでも能登の風景である

続いて、門前に向かう
合併で今では輪島市になったものの、旧門前町は山間の二車線道路で約20キロ先
門前は、今回の地震で最も震源に近く、かつ被害の大きかったところだ
曹洞宗大本山・総持寺祖院の周辺に来ると、よくテレビで見た家並みである

だが、家並みはあちこちで櫛の歯が抜けたようになっていた
痛々しい土色の更地
地震で大きな被害を受けた家屋は、とっくに解体されていた
そんな更地に立つと、この家に住んでいた人たちはどうしているのだろうと胸に迫るものがある
高齢化が進んだ能登だから、余計にそう思う

商店街では外壁が落ちたり、傾いた建物がある
新しい家でも、玄関にヒビが入っている
見掛け上は普通の家にしか見えなくても、実に多くの建物の玄関に黄色い紙が貼ってある
「要注意」と書いてあるのだ

そして外壁や屋根に掛けられたブルーシートがやけに目立つ
地震は広範囲に影響を及ぼすが、被害の大きなところは局地的なものなのだと思い知らされる
何も悪いこともしていないのに、選ばれてしまうのだ

総持寺へ向かう
曹洞宗は、我が家の宗派でもあるから縁は深い
拝観料400円を払って中に
山門で一礼するのは、遍路をして以来の習慣である
遍路では菅笠を取る必要はないが、帽子なので脱いだ

こちらの山門や法堂(はっとう、総持寺では大祖堂と呼ぶ)はがっしりとした建物で、目に見える被害はなさそうだ
だが、回廊など比較的弱い部分が傾いている
横木で支えたり、ワイヤーで引っ張っているところもある
こうしたところは立ち入り禁止だ

かすかに読経が聞こえきた
その声は、普遍の響きを持って、辺りに浸透して行く
あちこちで無心に手を合わせた

帰宅したのは午後4時半
走行距離は320キロを指していた
当地から京都への道のりと同じだ
テレビは、きょうですべての避難民が仮設住宅などに移り、避難所が閉鎖されたことを伝えていた