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(政治)
個性豊かな小泉さんのあとを受けた優等生の安倍さん。
面白くない。
たぶん、人間的には小泉さんより安倍さんのほうが、はるかにいいのだろう。しかし、心に響いてこない。最初からそうだった。「美しい国」というのが分からない。

「再チャレンジできる社会」をつくるという。これまた、再チャレンジを目指すものにとって、なんだか訳が分からない。
で、「貴族には、庶民の気持ちなど分からない」という批判も出ている。

確かに、世間が分かっていないのを痛感したのは、本間税調会長が公務員宿舎に家族以外の女性と暮らしていたスキャンダルのときだ。
「職責を果たすことで、責任を果たしてほしい」など、回避しようとした。本間さんをかばうことは傷口を広げるだけなのに、庶民の感覚が分からなかった。

野党もがっかりだ。そんな安倍政権を追及できない。
だいたい、今年は偽メール問題で民主党に大きなミスもあった。あまりにも幼稚さを痛感した。
情報というのは、思惑があって、あえて流される場合もある。勘違いからの情報もある。
だから、疑ってかかるのだ。
なのに、ろくに調べもしないで「魂を売ったのは、あなたじゃないですか!」と、やってしまった。
それにしても、あの偽メールをつくった張本人は登場せず、消化不良のまま終わったなあと思う。

こんな政治の本質とは違う皮相的なことを挙げたのは、一事が万事であるからだ。大事なのは、日本をどの方向に向かわせて、どんな社会にしてくれるのかということなのだが、世間が分かっていない人たちのやる政治では、先が知れているということである。
財政が火の車だから、働けない人の最後の防波堤である生活保護もレベルダウンさせる。そして、来年の参院選後には消費税アップが確実だという。
社会が貧しかった時代より、はるかに悪い。これを退化という。

(社会)
凶悪事件と振り込め詐欺が目立った2006年。子殺し、親殺しも相次いだ。
いずれも背景にあるのは、「こうすれば先がどうなるのか」という読み(想像力)がないのと、「他人が見えなくなっている」ということに尽きるのかもしれない。
相手の痛みが理解できないのである。
テレビで振り込め詐欺をしている若者に記者が電話で尋ねている。「あなたの親や家族を騙す人がいたら、どう思うか」と。
すると、詐欺玉は「ぶっ殺す」と言っている。

つまり、「知らない人は人間ではない」ということかもしれない。
個人主義もここまできた。
そうした風潮はいろんな影響を与えている。
たとえば、犯罪に対する厳罰化であり、「目には目を」の死刑積極論であろう。

かつては、司法判断に一定の信頼感があった。
だが、いまや、人を殺したものは、死をもって償うしかないという考え方に支配されている。
確かに、罪を犯す人間に同情できなくなっているのは確かだ。犯罪者に人間性が失われている。人間と認めたくない輩が増えてきた。

これらすべて、教育の問題であることは言うまでもない。
子供が何か間違ったことをしても注意をする人間がいない。
よく言われるのが、電車などで子供のマナー違反を注意したら、親が逆ギレするというものである。
本来は、「注意してもらってありがとう」ぐらいの話だが、社会のレベルが下がったから、そうはならない。

学校でも、先生が注意したら親が苦情を言う。そこまでいかなくても、ふだん家で、先生のことをよく言わない親が多い。だから子供も先生を馬鹿にする。
社会の退化は、自分たちでつくりあげたものだ。
子供はもともと何も知らないし、分からない。社会のマナーや生き方を教えることで大人になっていく。それがないから、いじめもなくならない。
それを変えるのは何か。誰もが優しさとか人間性を取り戻すには何が求められるのだろうか。

2006年も、きょう1日。
今年始めたブログでは、言いたい放題を言ってきたが、その締めくくり。
新しい年に期待をして、今年の筆を納めることにする。

(写真はモルゲンロートが美しい北アルプス・剱岳)