富 山県警巡査長の飲酒運転検挙は、「処分が決まるまで公表しない」という県警の対応にメディアからの批判が集中している。明らかに、一般人の飲酒運転摘発時と違う対応なのだから当然だろう。
かたや、警視庁交通部の巡査部長の飲酒運転については、千葉県警による摘発だったためか、即座に逮捕、発表した。
つまり、「警察一家」と呼ばれるぐらいの身内意識をまたまた世間に明らかにした。警察官が飲酒運転することは論外だが、その後の対応で失敗するというワンパターンのストーリーだ。
警察回りの記者だった30年近く前、学生運動絡みで行き過ぎた逮捕があったと書いた。警察とすれば、さぞかし嫌な取材であったことだろう。しかし、記事に対する文句は一切なかった。警察にも男がいた時代である。
今は、世間一般の風潮と同じで不祥事を隠すことに全力を尽くす。これが「美しい国 日本」の一つの側面だ。
飲酒運転非公表で、一番損をしたのは信頼を失った富山県警であり、末端で厳しい勤務に就いている警察官、警察職員である。今は早期の発表と、適切な処分を期待する。そうしなければ、一般事件での協力も得にくいし、飲酒取り締まりの警察官に対して嘲笑が浴びせられるだけである。
かたや、警視庁交通部の巡査部長の飲酒運転については、千葉県警による摘発だったためか、即座に逮捕、発表した。
つまり、「警察一家」と呼ばれるぐらいの身内意識をまたまた世間に明らかにした。警察官が飲酒運転することは論外だが、その後の対応で失敗するというワンパターンのストーリーだ。
警察回りの記者だった30年近く前、学生運動絡みで行き過ぎた逮捕があったと書いた。警察とすれば、さぞかし嫌な取材であったことだろう。しかし、記事に対する文句は一切なかった。警察にも男がいた時代である。
今は、世間一般の風潮と同じで不祥事を隠すことに全力を尽くす。これが「美しい国 日本」の一つの側面だ。
飲酒運転非公表で、一番損をしたのは信頼を失った富山県警であり、末端で厳しい勤務に就いている警察官、警察職員である。今は早期の発表と、適切な処分を期待する。そうしなければ、一般事件での協力も得にくいし、飲酒取り締まりの警察官に対して嘲笑が浴びせられるだけである。