遍路には、昔から托鉢が義務とされている。『四国遍路歩き同行二人』(解説編)には、「一日に三戸あるいは七戸の家の門口に立って物乞いをしなければならないとされていた」とある。それによると、遍路に同道しているお大師様の功徳が衆生に及ぶように、戸口で読経し、その家の先祖を供養し家族の幸福を祈る⊇粟犬了?鎚欲・財物への執着の心を捨てさせ、善根を積む機会をつくる―ということである。
この解説編には、お坊さんでない遍路のために、朝の七時から午前中の方がよいとか、店舗の場合は客のいないときを見計らってなどと具体的に注意点が書かれている。始めたら軒並みやる、相手を選ばず、間引きはしないなどともある。さらに、喜捨を受けたときも読経中は左手で押し頂き、読経が終わってからお礼を述べて頭陀袋に納めるなどと作法を教えている。
一番のポイントは、その家の幸福を心から願い、お大師様のご利益が授かるように念じることなのはいうまでもないだろう。この本では「結果(喜捨)に気を奪われるようでは乞食と変わらない」とか「喜捨がないときも一礼して退去する。喜捨なきは己の行が足らないと思うこと」などとある。
もっとも、ほとんどの遍路は托鉢をしない。いや、できない。恥ずかしいからである。乞食と思われるのも嫌だからだ。私自身、托鉢をしようとは最初から思わなかった。お寺では境内で托鉢を禁止する看板を出しているところもあったせいか、見かけたのは境内の外や道の駅などで読経し、お布施を求める遍路の姿だけだった。いずれも菅笠ではなく網代笠だから、修行僧といった感じだった。もちろん、戸口に立っている遍路はまったく見かけなかった。暑い季節だったので、歩き遍路自体が少なかったからかもしれない。
もう一つの修行は野宿である。出会った修行僧は鹿児島から野宿しながら歩いて四国にわたり、巡拝しているという、素人から見ると驚異的な人だった。ほかは、若い人が野宿しているのを見たのと、中高年の人が駅で泊まったなどと話してくれた程度である。大半は、宿に泊まっているのだろう。なにしろ、野宿となると、寝袋やグランドシート、食器など荷物が増えてそれだけ歩きがきつくなるからでもあろう。なにより、蚊がひどくて眠れず、朝方にようやく寝たなどという声も聞いたから、季節によっては大変厳しい。
いずれも、私には為しえなかったことである。カミさんは「それぐらいしなくてどうする」とメールしてきたが、確かにまだまだ修行が足りないのである。やったことと言えば、道行く人への挨拶と、読経、そして四国の人への感謝の気持ちを持って歩いたことだけである。それだけのことでも、気持ちは遍路に出る前と大きく変わった。
いま、バスだろうが、車だろうが、遍路に出ることの意義の大きさを感じている。
この解説編には、お坊さんでない遍路のために、朝の七時から午前中の方がよいとか、店舗の場合は客のいないときを見計らってなどと具体的に注意点が書かれている。始めたら軒並みやる、相手を選ばず、間引きはしないなどともある。さらに、喜捨を受けたときも読経中は左手で押し頂き、読経が終わってからお礼を述べて頭陀袋に納めるなどと作法を教えている。
一番のポイントは、その家の幸福を心から願い、お大師様のご利益が授かるように念じることなのはいうまでもないだろう。この本では「結果(喜捨)に気を奪われるようでは乞食と変わらない」とか「喜捨がないときも一礼して退去する。喜捨なきは己の行が足らないと思うこと」などとある。
もっとも、ほとんどの遍路は托鉢をしない。いや、できない。恥ずかしいからである。乞食と思われるのも嫌だからだ。私自身、托鉢をしようとは最初から思わなかった。お寺では境内で托鉢を禁止する看板を出しているところもあったせいか、見かけたのは境内の外や道の駅などで読経し、お布施を求める遍路の姿だけだった。いずれも菅笠ではなく網代笠だから、修行僧といった感じだった。もちろん、戸口に立っている遍路はまったく見かけなかった。暑い季節だったので、歩き遍路自体が少なかったからかもしれない。
もう一つの修行は野宿である。出会った修行僧は鹿児島から野宿しながら歩いて四国にわたり、巡拝しているという、素人から見ると驚異的な人だった。ほかは、若い人が野宿しているのを見たのと、中高年の人が駅で泊まったなどと話してくれた程度である。大半は、宿に泊まっているのだろう。なにしろ、野宿となると、寝袋やグランドシート、食器など荷物が増えてそれだけ歩きがきつくなるからでもあろう。なにより、蚊がひどくて眠れず、朝方にようやく寝たなどという声も聞いたから、季節によっては大変厳しい。
いずれも、私には為しえなかったことである。カミさんは「それぐらいしなくてどうする」とメールしてきたが、確かにまだまだ修行が足りないのである。やったことと言えば、道行く人への挨拶と、読経、そして四国の人への感謝の気持ちを持って歩いたことだけである。それだけのことでも、気持ちは遍路に出る前と大きく変わった。
いま、バスだろうが、車だろうが、遍路に出ることの意義の大きさを感じている。