へんろみち保存協力会の「四国遍路ひとり歩き同行二人」の解説編を読んでいて一番驚いたのが、「遍路のマナー、戒め」の中に「特権意識を持たない」という事項があったことである。「歩いて苦労しているのに、周囲が協力・援助するのが当たり前といった誤った考えを持たないで……」と指摘している。

 好き好んで遍路をしているのに、歩いているとそんな気持ちになる人もいるのかと信じられない思いだったが、考えてみると一般社会でもそうなのかもしれない。自分中心にものごとを考えてしまうのである。

 自分が苦しいときには、なぜ誰も助けてくれないのか、あいつは遊んでいるのにと、人の批判ばかりになる。それは人間として弱いことを証明しているようなものだ。すべて人生修行と思えばなんのこともないのに、である。

 その解説編には、遍路についてこうも書いてあった。「世の中は尊敬や同情半分、あとの半分は反発批判が通り相場」と。「遍路を非難する宗教もあるし、借金支払いに追われている人が見たら腹も立つだろう」とも。同感である。

 遍路ができるのは、四国の人々のおかげである。第一、よく道を聞いた。分かっていても確認のために聞いた。いや、聞かなくても教えてくれる人が大勢いた。つまりは情けのおかげで、遍路をしているのである。

 数え切れないほどの人から「頑張ってください」「満願を果たしてください」と励まされた。通りすがりの遍路でしかない私に、よくもまあ声を掛けてくれたと何度も胸が熱くなる思いをした。