勤めを辞めて自宅にいるようになったら、実に多くの勧誘電話があることが分かった。かつては金投資などもあったが、今はマンション投資などが多い。「節税の方法を教えます」とか「アンケートに協力していただけないでしょうか」と言いつつ、マンションを買わないか勧誘するのもあった。最近の手口は会社名を名乗らず、家人の名前を言って、まるで友達のように電話してくる手合いもある。本人が出たら本題に入るのだろう。

 こうした電話に特有のマニュアル通りのしゃべり方を聞いた途端、「どういうご用件か端的におっしゃってください」などと言うと、ようやく営業だと分かる。こちらは、その気も金もないからすぐに断るのだが、簡単には引き下がらないセールスもいる。そこで「私の家の電話番号はどこで調べられましたか?」とか「どちらの名簿で知ったのですか?」と聞く。

 かつては、「名簿業者から買いました」などと正直に言うセールスマンもいて、こちらは「名簿業者の連絡先を教えてほしい」などと追及したが、最近は「電話帳で見ました」と答えるのみだ。さすがに「まずい」と思うのだろう。それでも、「五〇代のご主人はおられますか」と、内情を知ったかのような口ぶりである。「すみません。もう一度、会社名とお名前を教えてください」というと「先ほど言いました」と言って、二度とは言わないところもある。後ろめたいのかもしれない。

 電話での投資話の勧誘は、違法行為ではない。だが、すこぶる迷惑である。電話を掛けているセールスマンも仕事だからやっているのは分かっている。だから同情はするが、中には「電話を切りたい」というと、居直る輩がいてあきれ返る。「金儲けに興味がないのか」と脅す。「ありません」と答えると、呆れた様子でさらに口調が強くなる。最後は捨て台詞だ。これでは、セールスマンとも言えないし、まともな人間でもないだろう。

 匿名性の時代である。いやな時代でもある。だから電話が掛かってくると、昔は「はい、津田です」と答えたが、いまは、警戒しつつ「もしもし」である。電話のマナーさえ守れないようになってしまった。

 かつて日本が住みやすかったのは、武士道精神だけでなく、多分に宗教の力が働いていたことは言うまでもない。いや、武士道も神道や仏教、儒教の影響を受けているから、元は同じなのだろう。

 しかし、近代化のなかで物質文明が精神文明を駆逐し、歪んだ社会を形成した。それがじわじわと浸透してきたから、誰もが知らないうちにものの見方、考え方が変化してきたことに気がつかなかった。本来の宗教心は失われ、なにか金集めのような宗教ばかりが目立つようになった。もともと宗教とは人々の命を守る、よりよい生活を送る、人間性を高める……ことが目的である。このために教訓といったものも広めてきたのである。