最近、凶悪な事件が後を絶たない。親殺し、子殺しといったニュースが間断なく流れている。治安の悪さでは、戦後最悪と言っていいだろう。まさに末世である。
テレビニュースなどでは、近所の人が「まさか、こんな近くで事件が起きるなんて。今まで人ごとだと思っていた」などとコメントしている。そんなテレビを見ている多くの人も、やはり人ごととしかとらえられないだろう。人間は誰でも「自分だけは特別」と考えがちなものだ。しかし、いまや凶悪犯罪は遠いところの話でなく、いつどこで起きても不思議ではない状況にある。
学校への侵入者も後を絶たず、防犯カメラから非常ベル、犯人を取り押さえるための、さすまたの常備と、防衛に懸命だ。これが正常な社会とはとても言えないだろう。再発すると、学校側の危機管理はどうなったのかと批判を浴びることになる。関係者やマスコミも事件が起きた場合の対症療法ばかりを議論しているようにも思える。
もちろん、現実に侵入者がいるからこうした対応を取らざるを得ないのだが、発生を抑えることに目を向けないと、根本的な解決にはならないのは当然だ。なぜなら、いくら壁を高くしても侵入者は防ぎきれない。第一、地域に開かれた施設が学校であるべきなのに、その役割を果たせない。
なぜ、昔と変わってきたのか。規範とかモラルというものが失われた原因は、家庭や地域社会の力が失われたからにほかならない。大家族が崩壊して、家庭内の規律が失われた。年寄りから受け継ぐものが伝わらなくなった。揚げ句に地域も他人の子供を叱ることはなくなった。叱ればその親から反発を食う。それほど個人主義が浸透している。
より小さなコミュニティーの中で、人は暮らしていく。その結果、社会を平穏に維持して行くための大事なものが失われた。それは教育であり、精神性である。時代のなせるわざとはいえ、物的豊かさと引き換えに失ったもののツケは大きい。
テレビニュースなどでは、近所の人が「まさか、こんな近くで事件が起きるなんて。今まで人ごとだと思っていた」などとコメントしている。そんなテレビを見ている多くの人も、やはり人ごととしかとらえられないだろう。人間は誰でも「自分だけは特別」と考えがちなものだ。しかし、いまや凶悪犯罪は遠いところの話でなく、いつどこで起きても不思議ではない状況にある。
学校への侵入者も後を絶たず、防犯カメラから非常ベル、犯人を取り押さえるための、さすまたの常備と、防衛に懸命だ。これが正常な社会とはとても言えないだろう。再発すると、学校側の危機管理はどうなったのかと批判を浴びることになる。関係者やマスコミも事件が起きた場合の対症療法ばかりを議論しているようにも思える。
もちろん、現実に侵入者がいるからこうした対応を取らざるを得ないのだが、発生を抑えることに目を向けないと、根本的な解決にはならないのは当然だ。なぜなら、いくら壁を高くしても侵入者は防ぎきれない。第一、地域に開かれた施設が学校であるべきなのに、その役割を果たせない。
なぜ、昔と変わってきたのか。規範とかモラルというものが失われた原因は、家庭や地域社会の力が失われたからにほかならない。大家族が崩壊して、家庭内の規律が失われた。年寄りから受け継ぐものが伝わらなくなった。揚げ句に地域も他人の子供を叱ることはなくなった。叱ればその親から反発を食う。それほど個人主義が浸透している。
より小さなコミュニティーの中で、人は暮らしていく。その結果、社会を平穏に維持して行くための大事なものが失われた。それは教育であり、精神性である。時代のなせるわざとはいえ、物的豊かさと引き換えに失ったもののツケは大きい。