仏教では、苦を取り除くことを「悟り」という。その道筋をこう説いている。まず、「生まれ出ることがそもそも苦である。だから、この世が苦しみで満ちあふれていることをまず認識する」。これを「苦諦(くたい)」という。「諦」とは諦(あきらめ)ではなく誠、すなわち真理を意味するそうだ。
ついで、物欲、愛欲など苦しみの原因をじっくりと見つめなくてはならないとする「集諦(じったい)」。こうして突き詰めた結果、原因が分かれば、それを取り除くよう努力すべきであると説く。これが「滅諦(めったい)」である。最後が、苦しみから脱却した理想の状態に至るためには八つの正しい道によらなければならないとする「道諦(どうたい)」という真理だ。これらを総合して「四諦(したい)」という。
仏教の正式な解釈とは違うかもしれないが、こう考えると分かりやすい。たとえば、あなたが病気(心の病気を含む)で苦しんでいるとする。そのときに、「なぜ自分が苦しまなくてはならないのか」と考えるのではなく、「この世の全ての人が、さまざまな苦しみを抱えているのだ」という認識を持つことから始まる。
ついで、苦しみの原因を見つめる。病気なのだから当たり前だろうというのではなく、「苦しんでいる心そのもの」を凝視するのだ。そのあとは「苦しんでも一生、心を前向きにしても同じ一生だ」と気付き、苦を取り除くことである。障害を乗り越えて頑張るパラリンピックの出場者を見ていても、そう感じる。同じ障害を持っていても、ただ悲観するばかりの人もいれば、明るく生きようと努力する人もいる。すべて心の持ちようなのだ。
最後の道諦でいう、八つの正しい道とはこうだ。
「正見(しょうけん)」=四諦の真理を正しく知るための知識を得ること。
「正思惟(しょうしゆい)」=言葉や行動を起こす前に正しく考えること。
「正語(しょうご)」=うそや悪口を言わずに正しい言葉を発すること。
「正業(しょうぎょう)」=殺すことなく盗むことなく正しい行いをすること。
「正命(しょうみょう)」=人生を正しく生きること。
「正精進(しょうしょうじん)」=悪いことをせず、善行を積むこと。
「正念(しょうねん)」=正しい意識を持つこと。
「正定(しょうじょう)」=精神を集中させ、正しく生きること。
これが八正道である。
間単に言えば、この世には四苦があることを理解し、よく考えて正しい道を歩み、うそ偽りのない生活をして善行を積むということだろう。一番簡単なのは、人の悪口、自分への悪口を重ねる人が多いが、それを口にしただけで己の徳が減っていく、幸運が去って行くと思えばいい。
ひとこと付け加えれば、般若心経は、この四諦八正道さえ「無」だとして、とらわれるなと教えている。悟りを他人に振り回すうちは、まだ悟っていないというわけである。迷いも悟りもなく進めばいい。何事にもとらわれず前に進んで行けばいいと言っているのである。
ついで、物欲、愛欲など苦しみの原因をじっくりと見つめなくてはならないとする「集諦(じったい)」。こうして突き詰めた結果、原因が分かれば、それを取り除くよう努力すべきであると説く。これが「滅諦(めったい)」である。最後が、苦しみから脱却した理想の状態に至るためには八つの正しい道によらなければならないとする「道諦(どうたい)」という真理だ。これらを総合して「四諦(したい)」という。
仏教の正式な解釈とは違うかもしれないが、こう考えると分かりやすい。たとえば、あなたが病気(心の病気を含む)で苦しんでいるとする。そのときに、「なぜ自分が苦しまなくてはならないのか」と考えるのではなく、「この世の全ての人が、さまざまな苦しみを抱えているのだ」という認識を持つことから始まる。
ついで、苦しみの原因を見つめる。病気なのだから当たり前だろうというのではなく、「苦しんでいる心そのもの」を凝視するのだ。そのあとは「苦しんでも一生、心を前向きにしても同じ一生だ」と気付き、苦を取り除くことである。障害を乗り越えて頑張るパラリンピックの出場者を見ていても、そう感じる。同じ障害を持っていても、ただ悲観するばかりの人もいれば、明るく生きようと努力する人もいる。すべて心の持ちようなのだ。
最後の道諦でいう、八つの正しい道とはこうだ。
「正見(しょうけん)」=四諦の真理を正しく知るための知識を得ること。
「正思惟(しょうしゆい)」=言葉や行動を起こす前に正しく考えること。
「正語(しょうご)」=うそや悪口を言わずに正しい言葉を発すること。
「正業(しょうぎょう)」=殺すことなく盗むことなく正しい行いをすること。
「正命(しょうみょう)」=人生を正しく生きること。
「正精進(しょうしょうじん)」=悪いことをせず、善行を積むこと。
「正念(しょうねん)」=正しい意識を持つこと。
「正定(しょうじょう)」=精神を集中させ、正しく生きること。
これが八正道である。
間単に言えば、この世には四苦があることを理解し、よく考えて正しい道を歩み、うそ偽りのない生活をして善行を積むということだろう。一番簡単なのは、人の悪口、自分への悪口を重ねる人が多いが、それを口にしただけで己の徳が減っていく、幸運が去って行くと思えばいい。
ひとこと付け加えれば、般若心経は、この四諦八正道さえ「無」だとして、とらわれるなと教えている。悟りを他人に振り回すうちは、まだ悟っていないというわけである。迷いも悟りもなく進めばいい。何事にもとらわれず前に進んで行けばいいと言っているのである。