四国を回っているお遍路さんは、身近な人の供養が目的の場合もあるが、多くは自ら救いを求めている。最近は自分探しや癒しの旅として遍路をする人がほとんどではあるが、それも精神的な何か、満たされない何かを求めているのだから、要は同じなのである。

 歩き遍路をしていると、舗装路では漫然と歩いていて心が空にはなれない。しかし、時折、深く思うこともある。それは道の脇にある多くの虫たちの死骸を見たときである。夏場だったことから、道路は灼熱地獄と化している。革のスニーカーの分厚い底を通して、熱が伝わってきて、休憩時に靴を脱ぐと中はドライヤーでも当てたみたいになっているほどだ。

 そんな暑さだから一二〇〇キロを歩く間に、いったいどれだけの死骸を道路上に見たことだろう。最も多いのは二〇造阿蕕い梁腓な黒いミミズである。気温の下がった夜中に道路わきの草むらから出てきて、朝になると照りつける強い太陽に命を奪われる。ほかにもカエル、コガネムシ、カニ、ヘビの死骸を多く見た。カニやヘビは車に轢かれて命を奪われているケースである。これらは車で通行していると、気付かずに通り過ぎているだろう。気付いても一瞬だからすぐ忘れる。これに対し、歩いていると嫌でも目に入るし、踏まないように気をつける。

 逆に生きた姿はしょっちゅう見るのに、死骸がなかったのはトカゲである。尻尾が虹色に輝いている一五―二〇造曚匹亮鑪爐世、道路の法面を器用に登ったり、ベンチに座っていると、その下をちょろちょろと動き回っている。逃げるときのスピードは信じられないほど速い。だから生き延びることができるのかと思う。

 まさに生と死である。そして死骸を見るたびに、たとえ虫けらであろうと、死んで行ったものたちへの同情が心を揺さぶる。命という観点からは昆虫も動物も人も全く変わらない。ミミズにも死の苦しみはあるのだろう。そう思って、熱せられた舗装路で、のたうち回っているミミズを思わず道路わきの草むらに入れたこともある。虫たちにしてもそれぞれ定められた運命にしたがって生き、そして死んで行くと痛感させられる。

 それなのに人間だけは、自らの運命を変えて死を選ぶ。元アイドルの甲斐智枝美さんが自殺したという。真の理由は分からないが、生きることが「苦」で耐えられないと思ってしまうからだろう。