遍路に出る前に決めたことの一つが、できるだけ多くの人に挨拶をしようということだった。せっかく四国を回らせてもらうのに、黙って歩いていても面白くない。
「すれ違う人がいれば、できる限り言葉を掛けよう。心と心が一瞬でも通えばいい」
 そんな思いであった。

 一番札所・霊山寺の近くの民宿を出た私は、若干の緊張と希望を胸に第一歩を踏み出していた。ここは四国であると自分に言い聞かせていたせいか、白衣に菅笠、金剛杖という、いでたちに恥ずかしさはあまりなく、むしろ誇らしげに思っていたのかもしれない。すぐに自転車に乗った中年の女性とすれ違い、「おはようございます」と挨拶した。女性は「ご苦労さまです」と返事をした。さすがに一番札所の近くである。遍路に慣れているという感じであった。同時に遍路に対する四国の人たちの気持ちを感じ取れたのである。

 その後、県道に出ると出勤の車が列をなしている。ほとんどのドライバーが、歩道を行く私の方を見ているのが分かる。なぜなら、ほとんどのお遍路さんはバスなどで回る。だから、お寺では年中、白衣姿を見かけるものの、一般道を歩いているのはやはり珍しい部類なのだろう。だから、みんな見て行く。中には軽く頭を下げて行くドライバーもいる。まさに遍路の格好をしているからこそである。

 初日から、すれ違う人すべてに「おはようございます」「こんにちは」と挨拶した。こちらが挨拶すればたいていの人は返事をしてくれる。逆に相手の方から「おはようございます」と言われることも多い。

 仕事中の人には、「ご苦労さまです」と声を掛けた。本来、「ご苦労さま」というのは目上の人が目下の人に使う言葉だから、間違った使用ではあるが、みんなが使うため「ご苦労さまです」で通した。結局、五二日間というもの、毎日、挨拶のしっぱなしであった。

 この挨拶がきっかけで、立ち話になった例は枚挙にいとまがない。最初は必ずと言っていいほど、「どちらから?」と聞かれる。そこから、どんどん会話が始まる。こちらも、この先の道をどう行けばいいのか尋ねる。道が分かっていても念を入れるのと、話の接ぎ穂になるからである。