
一番札所・霊山寺は、今回のボクにとって結願のお寺である。だから、記念のお土産を買うためにあらためて本堂に入ったのだ。他のお客さんはもういない。そこで、お線香などを物色しながら、係のおばちゃんといろんな話をした。スクーターで回っていること、四国ではいろんな人に親切にしてもらったこと……。そして、今回は逆打ちだと言うと、「おめでとうございました」と即座に祝ってくれた。ここが最終地点であることがよく分かっている。
そして、話はいつしか、前年の歩き遍路のときのことに及んだ。毎日、汗だくになりながら、歩いたこと、もう駄目かと何度も何度も思いながら、ついに八十八カ所を回り終えたことなど。おばちゃんは興味深く聞いていて、こう言った。「名刺いただけませんか?」。ボクは「はい、はい」と答えてウエストバッグから名刺を取り出し、渡した。
遍路には娑婆の肩書きや序列は関係ない。大企業の社長さんだろうが、無職だろうが同じ遍路という身分だ。極論すれば男でも女でもない。こちらは三〇年間の新聞記者生活にピリオドを打ってからは自由業という気楽な稼業であり、同時に不安定でちっとも落ち着かない生活に入っている。それでも名刺がないとなかなか不便だから、パソコンでつくったものを所持しているのだ。チャチな名刺だが、菅笠に金剛杖の己の写真を加工した自作の遍路マークだけが、自慢の名刺である。
あまりに話が弾みすぎたせいだろうか、おばちゃんはボクが買った土産物を袋に入れながら、間違えてつり銭を多くくれそうになった。「違いますよ」と説明したら、「あら、すいません」と言って、余分なおつりを受け取り、代わりにひょいと手ぬぐいを一本を袋に入れた。
「これは、お接待!」
ボクにはよく分かっているのだ。遍路はお大師様と一緒の「同行二人」だからこそ、お接待してもらえる。お接待するほうも自分の代わりに巡拝してくれているという意味や功徳を積むことになるという教えが、こうした風習につながっている。しかし、どう考えても、お接待する人のほうがお大師様と同行二人なのではないか-と。
外に出て、門前で振り向いた。日が傾いた中に、静かに仁王門が立っていた。
「お大師様、四国のどこかでお会いしましたかね?」と心の中で聞いてみた。もちろん、返事はない。まだまだ答えてもらえる段階ではない。修行が足りないのは分かっている。しかし、無事故無違反で無事に結願できたのは、何かの力によるものだろう。それだけはずっと信じている。(つづく)