

それから一キロ半。ついに「一番札所・霊山寺(りょうぜんじ)」に着いた。なぜか、いきなり現れたような感じがした。ついに、このお寺で終わりだ。そんな感慨にふけりながら、門前にフュージョンを停めて山門をくぐった。もう時間も遅い。いつもは多くのお遍路さんでにぎわう境内もほとんど人がいない。本来、ここが出発点なのだから、誰もがとっくに旅立っているのだ。
前に来たときには気付かなかったが、手水場で手を清めようとしたら、面白いものを見つけた。ほとんどのお寺には寄進された手ぬぐいがぶら下がっているのだが、ここには手を差し込んだら電気が入って風が吹き、水切りができる機械が置いてあったのだ。トイレなどでよく見かけるしろものである。手水場の柱には、古びた木の板に墨で「自動タオル」と書いてある。手水場という古いイメージと、新しい装置のマッチングが何とも言えない。
本堂は、中に入って参拝する形式である。そこには土産物や遍路用品の売り場があり、店番のおばちゃんたちがいて読経がやりにくい。しかし、先ほどと同じで気にしないことにする。建物の中だと読経の声がよく響く。
開経偈から始めて、般若心経をいつもよりはゆっくり読んだ。ご本尊・釈迦如来の真言「のうまく さんばんだ ぼだなん ばく」を三回唱え、最後に「南無大師遍照金剛」とお大師様の真言を七回唱えた。何も考えていなかった。お願いもしていない。ひたすら祈った。
続いて、大師堂へ行くと、境内に入ってきたばかりの50代くらいの母と娘がローソクに火をつけている。おせっかいだとは思ったが、「本堂はあちらですよ」と教えた。
「あら、そうだったの」と、二人はあわてて本堂へ向かった。基本は本堂をお参りして、ついで大師堂という順番である。ボクは本堂と同じようにお経をあげた。そして、再び本堂へ向かった。(つづく)