
さて、八十八カ所巡りもあと九カ寺を残すだけとなった。ここまで来ると本日は中途半端に終わりそうなので、意を決した。全部、きょうのうちに参拝をしようと。急ぎの旅にしたくはなかったが、いかにも切りが悪い。昼食はまだ食べていないが、抜きにして走ることにした。
「九番札所・法輪寺(ほうりんじ)」は約四キロ東にある。県道一三九号線から標識に従って、たどり着いた。田んぼの中のお寺である。本尊は釈迦如来だが、涅槃像である。つまり横たわっている。弟子たちに最後の説法をしての臨終の姿であり、北枕である。釈迦の涅槃の姿から、死者を北枕で寝かす風習となったのは言うまでもない。
外に出て、田んぼ道を走っていたら、先ほど見かけた自転車の若者がボクを呼び止めた。後ろに荷物を積んで、自転車用の細長いヘルメットをしている。黒のパンツも足にぴったりとした競技用みたいなものだ。もちろん、自転車も速そうである。
「すみません。次はこの道でいいのですか」
「ボクは逆打ちだから、こっちへ向かっているけど、あなたどこへ行くの?」
ちょっと間があってから、
「熊谷寺ですがー」
ボクも経験があるが、順番に参拝していると、お寺の名前がすぐに出てこないことが多い。いや、何番の札所であったかも忘れる。「次」という意識しかないのだ。
「なら、この方向でいいよ」とウエストバッグと腹の間に入れた地図を取り出して見せ、
「このまま北に行くと徳島自動車道があるから、その下をくぐってすぐだよ。分かるね」
「はい、ありがとうございました」
「じゃあ、お先に。頑張ってね」と言って、エンジンを吹かした。
「八番札所・熊谷寺(くまたにじ)」は、二キロ半ほど行った先にある。すごく立派な仁王門をくぐっていくと、また門がある。中門というそうで、色鮮やかな衣装をまとった多聞天と持国天が安置されている。門の古さとは対照的だ、このお寺は多宝塔も立派である。
大師堂から下りてきたら、さっきの自転車の若者が到着した。
「速いねー、お経を読んでいる間に追いついたね」と声を掛けた。(つづく)