
焼山寺の境内で青年遍路がベンチに腰を下ろしていた。早速、声を掛けた。東京・町田から来たという。「十一番から五時間弱で来た」という。速いほうである。これから休みの間にどこまで行けるだろうかと言っていた。若い人達が、こうして遍路に出ているのはいろんな動機があろうが、概して楽しんでいるような気がする。
本堂、大師堂とお参りしてから、境内にある自販機でジュースを買って飲んだ。いろいろと目に焼き付けようとしていた。大きな杉の木がそそり立つ深山幽谷の境内。今回は楽に上がってきたが、まさに遍路の覚悟を試される厳しいお寺の立地だからこそ、さまざまなことを覚えておきたかった。
駐車場に戻ってフュージョンにまたがり、山を下りる。来るときとは別の道だ。三叉路に出た。一台もすれ違わない山道だから、そのまま停車して地図を確認した。そのときだった。
「ガシャッ!」
フュージョンを倒した。購入して以来、初めてだった。
なまくらをしたのがまずかった。白装束の上からウエストバッグをしていたが、バッグと腹の間に歩き用の地図を挟んで走っていた。信号待ちで止まったときなどに、ひょいと取り出して見るのに好都合だったからだ。
このときも三叉路でどちらへ行けばいいのか見ようと、地図を取り出した。足で車体を挟んだだけで、両手をハンドルから離した。そしたら傾いた。一瞬、踏ん張ろうとした。お陰で、転んだ。誰も見ていないが恥ずかしさもあって、すぐにフュージョンを起こした。ただ、初めて倒したことのショックは大きかった。
白のズボンをめくると、右ひざをすりむいて筋状に血が出ている。多少痛い。だが、ズボンはどう見ても全くの無傷である。地面で擦ったあとさえない。さらに血も付いていないし、にじんでもいない。このことだけは、いまだに不思議でしょうがない。
幸い、フュージョンもバックミラーがずれただけで車体の傷はない。「ごめん、ごめん」と心の中でフュージョンに謝って、気を取り直してスタートさせた。
立ちゴケとはいえ、さらに安全運転を誓ったのは言うまでもない。やはり、焼山寺への道は「遍路ころがし」なのだろうか。お大師様が、「もうちょっと慎重にしたらどうか」と、注意を与えてくれたのかもしれない。
坂の途中から眼下に町並みが見えた。カーブ地点が少し広くなってベンチが置いてある。展望台代わりのようなものだろう。雄大な吉野川も見える。セルフタイマーで自らの写真を撮ってから、平地に下りてきた。あっけないほどの焼山寺への行き帰りだった。「十一番札所・藤井寺(ふじいでら)」はもうすぐ近くだ。(つづく)