外出先から帰ったら、家人が「また、振り込め詐欺から電話があった」という。手口は前回書いたものとほぼ同じなので省略するが、こうも頻繁に掛かってくるのでは、呆れてものも言えない。
 家人は「私では分からないので、本人に確認してみます」と答えたら、プツンと切れた。まさに「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」形式で、次の電話に取り掛かっているに違いない。こちらはクロサギではないが、彼らに哀れみさえ感じるようになった。

 たぶん、上部団体からノルマがかかっているのだろう。それで必死の演技である。もちろん、こうした犯罪を続けていれば、いつかは捕まるだろうが、もしかすれば「営業成績が悪くて」上部団体から狙われることにもなろう。

 以前、現代人は「この先どうなるかという想像力に欠ける」と書いた。刹那に生き、今しか見えていない。だが、「善因善果」「悪因悪果」は、世の習いだ。いいことをすれば、いつの日かいい結果が出る。その逆ならお先は真っ暗である。これを「因果応報」という。

 高齢者や主婦を対象にしていることは特に卑劣だし、そんな犯罪を行う輩を心から憎む。同時にこんな社会にしてしまった原因は家庭であり、教育だと痛感する。われわれの生き方は常に天に向かっている。つばをしているのか、人々の幸せを祈るのかの違いだ。