
薬王寺からは、海沿いを行くルートと国道五五号線で内陸部に入っていくルートの二つがある。景色がいいのは海沿いに決まっているが、歩いて通ったことがあるからと、国道を選んだ。山岳路だが走りやすい道である。途中、弘法大師伝説の一つ、月夜御水庵(つきよおみずあん)と呼ばれるお堂を経由して、約二〇キロで「二十二番札所・平等寺(びょうどうじ)」に着く。
向かいの駐車場に停めて、歩き出したら門前に座り込んでいる若い男性遍路がいた。少し破れた菅笠、かなり日焼けした顔と、ひょろっとした腕。それにしてもなぜ日の当たるところにいるのだろうと思って、声を掛けた。
「こんにちは。歩いているんですか」
「去年の七月から、四周目」
彼は事もなげに、そう言った。冨士博史さん(三〇歳)。徳島空港のある徳島県松茂町出身だが、遍路に出て以来、自宅には帰っていないという。「友達の家には世話になったけどね」と付け加えた。
先達(せんだつ)を目指しているのだという。先達とは遍路のリーダーのようなもので、団体さんなどを案内して回る人のことである。霊場の由来や遍路道にも精通し、巡拝作法なども詳しい人が資格を取ってなれる。
父親が先達だったこともあり、これまでにも八十八カ所を巡ったことがある。だが、初めて納経しながら回っているのだという。こうして門前に立ち、お遍路さんや道行く人から、お接待を受けて三〇〇円たまれば、納経する……。
境内では托鉢(たくはつ)が禁止されているから門前にいるのだが、それでも寺から排除されることがあるという。逆に、泊めてくれたり食べ物をくれた親切なお寺もあると語る。もちろん、寺の名前を挙げて具体例を説明する。話し出したら止まらないようだ。矛先は先達にも向かう。
「今の先達の多くは、作法でさえよく知らない。団体を案内しているだけで基本的な知識がない。参拝は山門から入るべきなのに、省略して駐車場からすぐ本堂へ行ったりする」
「歩き遍路のこともよく知らない先達がいる。だから理解がない。こちらに挨拶もしない。もちろん、こじき遍路がいるのも悪いのだけど……」
多分、すべてが当たっているのだろう。しかし、あまりにもピュアな感性で生きている。そのまま一時間以上、立ち話をしてしまった。
「さて、お参りしてくるよ」とボクは言って、ポケットにあった一〇〇円玉三個を取り出し「お接待するから」と手渡した。「あっ、ありがとうございます」と、彼は受け取った。
多少、複雑な思いで、平等寺をお参りしていた。彼の言っていることと、社会の現状とかみ合わないのが痛いほど分かるからだ。
戻ってきたら、彼は駐車場で屋台の土産物店を出しているおばあちゃんと話し込んでいた。寂しいのだろうか。(つづく)