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 死を覚悟した旅

 国分寺の参道は白壁と並木に彩られている。ゆったりと歩いていくと正面の本堂が徐々に見えてくるから、なかなか演出効果が高い。緑のカーテンが少しずつ開いていく感じと言ってもいい。こんな雰囲気が大好きだ。

 帰りに門前にある小さな遍路用品の店で足を止めた。ここは笠の品揃えが充実している。普通の菅笠のほかに、お坊さんが被る丸くて深い網代笠などもあり、外から見学した。茶渋を塗ったような笠もあるのが見える。初心の遍路には無縁の網代笠だが、少しは憧れる。

 今回は走行の邪魔となるので、菅笠は持ってきていない。もちろん、本当は被りたかった。それが正装だからだ。遍路の被る菅笠にはいろいろな文字が墨で書いてある。梵字のあるのが正面で、「同行二人」とあるのが後ろとなる。たまにテレビドラマなどで遍路が登場するが、逆向きに被っているケースもある。もちろん、役者もスタッフもそういうことを知らないだけである。

 菅笠にはほかに「迷故三界城」「悟故十方空」「本来無東西」「何処有南北」という言葉が書かれている。これは「迷うがゆえに三界に城あり」「悟るがゆえに十方は空なり」「本来、東西がなければ」「いずこに南北あらん」という。つまり「人間には煩悩があるから、三界(この世)で心に城を築く。悟れば障壁がなくなり十方が見渡せる。東西も南北もない」という意味だそうだ。葬式のときの四句偈(しくげ)というもので、遍路はまさに死を覚悟した旅なのだ。

 ついでに言えば、白装束は死装束である。手甲(てっこう)、脚絆(きゃはん)をしている人はまれだが、それも同じ意味である。菅笠は墓石、金剛杖は墓標の代わりという。江戸時代は、「行き倒れた場合に国元へ連絡することなく埋葬してほしい」との書状も持っていたという。

 その金剛杖も持って来なかった。スクーターに縛り付けても安定性は悪く、事故のもとになるのを警戒した。さらに遍路では、杖はお大師様そのものという考え方をしているから、ぞんざいに扱うわけにはいかない。休憩するときも、杖を休ませてから自分が休む。

 ところが疲れていてベンチがあったりすると、ついつい「どっこいしょ」と腰を下ろしてから杖をわきに置いてしまい、失敗するのである。宿でも到着後、すぐに杖を洗い、部屋に持っていって床の間に置くのが通常の扱い方だ。それほど大事にすべきものであり、スクーターの車体に縛り付けておくことは出来なかった。もちろん、気持ちだけは「杖に菅笠というつもりで……」と自分に言い訳している。(つづく)