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 月光仮面

 朝食が六時半からと早かったため、出発もいつもより少しだけ早く七時二〇分となった。朝から快晴。なにか蒸し蒸しする暑さだ。すでにフュージョンのシートも熱くなっていた。日陰に停めることができなかったからだが、これは仕方がない。
 目指す青龍寺は向かいの山にある。歩きなら山道を真っ直ぐ五〇〇メートルほど上れば着くが、車道は半島の突端をぐるっと回ってから上る。この道は歩きの遍路道でもある。一車線の狭い山道だ。
 途中の道路わきには石の古い仏像が置いてあり、それぞれに真言(マントラ)を書いた札がつけられている。大日如来なら「おん ばざら だとばん」、地蔵菩薩なら「おん かかかび さんまえ そわか」といった具合だ。
 駐車場に停めて、石段を上っていくと、朝の境内にはすでに人が来ていたのだろう。線香に火がついていた。しかし、セミの鳴き声以外は、静寂そのものだ。

 青龍寺は弘法大師が留学した唐の青龍寺を模したらしい。本尊は波切不動明王という。なんでも弘法大師の帰朝伝説に基づいているとか。当時は命がけの船旅である。今でも海上安全祈願の寺となっているそうだ。この波切不動明王の真言は長く「のうまく さんばんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん」という舌を噛(か)みそうなものである。
 参道を下りてきて、いったんヘルメットを被ったが、五メートルほど先にある、さんごアクセサリーの店へ行き、去年、道を教えてもらった主人と話した。主人は『同行二人』という本を持ち出して見せてくれた。かなり以前の本らしく装丁も少し傷んでいた。
「お茶でも飲んでいって」と誘われたが、これは丁寧に断って先を急ぐ。まだ、出発したばかりで朝からのんびりできない。あわただしいのは遍路の精神とは異なるが、現代人の性(さが)だろう。
 
 見晴らしのいいところにあるパーキングに寄ったら誰もいない。階段の手すりの支柱の上が平らになっていたので、デジタルカメラを置き、セルフタイマーで写真を撮った。画面を確認すると本当に月光仮面そのもの。思わず、自分で笑ってしまった。あまりに面白いので、カメラ付き携帯電話も取り出してセルフタイマーで己の姿を写し、メールで知人に送った。もちろん、大笑いされた。

 湾の先端にある宇佐大橋は目の前だ。渡っていると、海面がずっと下に見える。漁船が白い航跡を残して通り過ぎて行く。不思議な感じである。なにしろ、海の上にいるのだから-。
 橋を渡りきったところで右折。県道三九号線に入る。このころから、むちゃくちゃ暑くなってきた。南国特有のというより、いわば海水浴場のじりじりとした暑さだ。まだ、朝というのに、この先が思いやられる。(つづく)