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 霊能者

 さあて、「きょうは、どこまで行けるかなあ」と思いながら、フュージョンにまたがった。亜熱帯植物のトンネルを抜け、まずは県道二七号線を進む。足摺岬の東側を回るルートだ。この道は二車線になったり、一車線になったりとめまぐるしい。整備がなかなか進まないのだろうか。

 窪津漁港の手前に遍路無料宿がある。前年に歩き遍路をしたときも立ち寄って、ボランティアで管理人をしているベテランお遍路さんからいろいろな話を聞かせてもらったところだ。
 近所の人がお遍路さんのために間伐材を利用して建てたもので、五、六人は泊まれるようになっている。小屋の前にある自販機で缶コーヒーでも買って休んでいこうと停めたら、丸太を割って造られたベンチで一人のお遍路さんが休んでいた。

 鳥取県出身の三〇歳だという。日焼けしてたくましい体つきをしている。話していると突然、
「富山の方ですか……。私、佐藤工業に勤めていたんですよ」と驚いたように語った。
 佐藤工業は準ゼネコン。富山が発祥の地で、本店を置いていた。しかし、公共事業の縮減など建設不況で、経営が悪化。ついには民事再生法を申請して、再建途上である。記者時代に深く関わっていた話だけに、こちらも思い入れは強い。いろいろと状況を聞いたり、こっちの知っている話をしたりした。
彼は佐藤工業で香川や高知にもいて、そのとき遍路をしたいと考えた。最後は大阪にいて辞めたのだという。次に就職する見込みもあるそうで、その前に遍路に出てきたそうだ。

「ここまで何日かかった?」と聞いてみた。
「一七日間ですね」という。足の速いほうである。そう褒めたら「結構自信がある」とも言う。たまに野宿をしていたが蚊が多くて眠れず、他のお遍路さんから「テントを買ったほうがいいよ。三千円台で買えるから」と聞いた。そこで、ディスカウントストアに行って三人用を買って、昨日は大岐海岸でテントを張って寝たという。
「テントの上に洗濯物を干してきたんだけど、雨が降って濡れちゃっているはず」と笑った。

 話していると、真面目な青年そのものである。ところが、急に面白いことを言い出した。
「焼山寺からヒザが痛くなって、それ以来、お寺の石段も手すりにつかまっていないと上れないほどだったんですよ。だけど、霊能者というかそういう人に触ってもらったら一発で治った。ほら……」と、足を屈伸させてみせた。さらに、
「ボクは霊とかは信じないほうなんだけど、本当に治ったんです。その人は、ずっと四国を回っている人で、行場があるところでは修行をしているそうです」
 全く、不思議な話である。弘法大師の奇跡は全国各地に数多く伝えられているし、真言密教も修行で超能力のようなことが得られると言われている。そうしたことを解説した本も数多く出ている。しかし、実際に体験者の話を聞いたのは初めてだ。
 彼は、まやかしを言うような感じの人間ではない。むしろ現実的で、「スクーターなら二週間で十分ですよね」などと言う明るい青年である。
 もっと、その霊能者のことを聞いてみたかったが、別のお遍路さんが来たのを機に、その場を離れることにした。
「お気をつけて」。お互いに、同じ挨拶をして別れた。(つづく)